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ベトナムの市場にて(2020.09.18更新)

数年前ベトナムを旅行した際、現地の料理教室に参加したことがありました。シェフとともに市場を訪れ食材を購入するところから体験できるというものでした。

 

当日集合場所に行くと、突然キャンセルが出たため、参加者は私たち夫婦とイギリス人男性の3人だけになったと聞かされました。一人ずつシクロという自転車タクシーに乗って市場まで移動します。初めての乗り物、初めて目にする景色、すべてが刺激的でした。

私たちが訪れた市場は、観光客向けというよりも地元の人たちで賑わう場所でした。所狭しと様々なお店が並び、細い通路を歩きながらシェフが食材などを手に取りながら説明をしてくれます。

大きなかごに山盛りになった種々のハーブやスパイス、色とりどりの野菜や果物、水槽に入った魚、その隣では生きたカエルをさばいている人もいます。予定にはなかったのですが、途中シェフおすすめの屋台でチャーシューの乗った麺を食べたりもしました。

 

そうしてその日必要な食材を一つずつ購入していきました。私はこの市場を巡りながら、自分の気持ちがどんどん高まっていくのを感じていました。そして肉屋さんに着き、大きな台の上に無造作に並べられた食肉を目にしたとき、私はその理由をはっきりと自覚しました。日本のように一つ一つパックに入っているわけでもなく、グラム数や部位、消費期限が書いてあるわけでもありません。けれど、目の前の食肉の色鮮やかさと瑞々しさに、私は心を動かされました。ああ、これは命そのものなんだなと。

私は今まで、こんな風にたくさんの命をいただくことによって生かされてきたんだなと。そう感じた瞬間、私の目にあたたかい涙が溢れました。そして、目の前の景色がより一層その鮮やかさを増し、生き生きと映りました。並んだお肉の中から、必要な部位を必要な分だけ購入するシェフや買い物客を見ながら、私はここに住む人たちの生き方を垣間見たような気がしました。

 

私は実際には知りませんが、かつての日本にも同じような光景があちこちで見られたのかもしれません。今ではスーパーに並ぶ野菜はきれいに洗われ、肉や魚はパックされたものが大半です。それが悪いというつもりは全くありません。ただだからこそ私は、自分の口にするものの生命の生い立ち(どこでどうやって生まれ育まれたか)を知ることや想像することを忘れてはいけないのではないかと思うのです。

 

ベトナムの市場でそこに溢れる多くの生命に触れたという経験は、私にとって忘れがたいものになりました。そして、便利さの陰に隠れてしまいがちな生命の真実に改めて気が付かされたように思います。

 

この経験は、私の治療にとっても大きな意味をもたらしました。食べ物を粗末にしてはいけないと幼いころから何度も聞かされていた言葉でしたが、私が真にその言葉の意味を実感したのはこの時が初めてでした。

 

キャロリンさんが立ち上げた摂食障害の専門治療施設モンテ・ニードでは、クライエントの滞在期間や回復具合に関わらず、そこから巣立っていくときに卒業式をしているそうです。そして卒業生は全員「食べる人としての誓い」と言うものを書き、それを皆の前で読み上げるのだそうです。例えばこんなふうに。

私自身へ。そして摂食障害で苦しんでいる他のすべてのみなさんへ:

もしも何かを数えたくなったら、食べたカロリーや消費したカロリーを計算するのではなく、ありがたいこと、嬉しかったことを数えてみてください。

もしも、どうしても過食したくなったら、人生が差し出すすべてのことを食べ尽くしてください。今この瞬間の感覚を思いきり味わってみてください。そして、愉快な夢と魔法のような瞬間で自分自身を満たしてあげてください。

もしも、どうしても嘔吐しなくては、と思ったなら、思いきり涙を溢れさせましょう。わらうことでも、愛情を示すことでもいいでしょう。あらゆる感情を溢れさせ、この宇宙のエネルギーの中に放出しましょう。

 もしも、どうしても拒食したくなったら、自分の中に湧き起こる否定的なおしゃべりや有害な影響力を拒否しましょう。そうすれば、それらが人生の質に支障をきたすことも、魂を圧倒するようなこともないでしょう。

キャロリン・コスティン、グエン・シューベルト・グラブ著「摂食障害から回復するための8つの秘訣 ワークブック」より

私はこれを読んでふと、あの日のベトナムでの経験は、私にとっての「食べる人としての誓い」となっているような気がしました。

あなたがこの先いつかたてる「食べる人としての誓い」はどんなものになるでしょうか。

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