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発達性トラウマ障害でみられる症状

[2024.04.01]

わが国の疫学調査では12種類の「逆境的小児期体験(ACEs)」の1つでも体験したことのある成人は32%と報告されています。

 

精神科クリニックに通院中の患者の61%が少なくとも1つの「逆境的小児期体験(ACEs)」があり、心理的虐待(33%)、心理的ネグレクト(27%)、両親の離婚や別居(25%)、身体的虐待(25%)、家族の精神障害や自殺(23%)であったと報告されています。(田中・他, 逆境的小児期体験と生涯トラウマ体験の頻度およびPTSD症状に関する横断調査. 精神経誌 123(7): 369-404, 2021)

 

一方、ヴァン・デア・コークの『身体はトラウマを記憶する』には、身体的虐待25%、心理的虐待10%、性的虐待(女性28%、男性16%)、家庭内暴力(面前DV)12.5%とされています。

 

上記を比較すると、日本では心理的虐待や心理的ネグレクトを感じる人が多い傾向がうかがわれます。

 

小児期トラウマの後遺症

「発達性トラウマ障害」は、幼少期の「対人的な暴力の反復的で過酷な出来事の直接の体験または目撃」および「主要な養育者の再三の変更、主要な養育者からの再三の分離、あるいは、過酷で執拗な情緒的虐待への曝露の結果としての、保護的養育の重大な妨害」など、身体的虐待、家庭内暴力(面前DV)、身体的・情緒的ネグレクト(育児放棄)が一年以上持続することが出来事基準とされています。

 

上記の出来事基準により、(1)調節不全の普遍的パターン、(2)注意と集中の問題、(3)自分や他者と仲良くやっていくことの困難、が明確になってくる病態を「発達性トラウマ障害」と名づけられました。

 

「発達性トラウマ障害」の診断基準では、「B.感情的・生理的調節不全」「C.注意と行動の調節不全」「D.自己の調節不全と対人関係の調節不全」が特徴であり、不全型の「E.心的外傷後スペクトラム症状」を伴うものと定義されています。

 

発達性トラウマ障害のADHD様症状

「発達性トラウマ障害」では、「複雑性PTSD」以上に注意と集中の問題が強調されていることが特徴のようです。

 

診断基準の「C.注意と行動の調節不全」をみてみましょう。

 

C.注意と行動の調節不全――以下のうち最低三つを含む、注意の持続または学習またはストレスへの対処に関連した標準的発達能力障害を児童が示す場合。

C1.脅威に心を奪われること、または、安全の手掛かりや危険の手掛かりの解釈を含む、脅威を知覚する能力の障害

C2.極端な危険行為またはスリル追求を含む、自己防衛能力の障害

C3.適応性のない自己慰撫の試み(体を揺り動かすことなどのリズミカルな動き、衝動的自慰など)

C4.(意図的または無意識的で)常習的な、または反応性の、自傷行為

C5.目的志向の行動を開始したり継続したりする能力の欠如

ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店

 

上記の「C.注意と行動の調節不全」のうち、「C1.脅威の知覚低下」と「C2.自己防衛能力の低下」は、[性急自動衝動性]や[衝動過敏性]などの衝動性の問題として、そして「C5.目的志向的行動の障害」は不注意(注意の転導性)と関連しているようです。

 

さらに「C2.自己防衛能力の低下」は、「注意欠如多動症(ADHD)」から「反抗挑戦性障害(ODD)」、「行為障害(CD)」を経て「反社会性パーソナリティ障害(ASPD)」に至る「破壊的行動障害(DBD)マーチ」との関連が示唆されます。

 

一方、「複雑性PTSD」の診断基準には発達に関連した表現型として、「青年期には、薬物使用、危険な行動(例えば、危険な性行為、危険な運転、自殺を伴わない自傷行為)、攻撃的行動が、情動調節障害や対人関係の困難の問題の表れとして特に顕著に現れることがある」と記載されています。

つまり「発達性トラウマ障害」の「C.注意と行動の調節不全」は、幼少期のトラウマ体験の後遺症として一般的にみられる状態と考えられます。

 

さらに上記の「複雑性PTSD」の引用にもあるように、「C3.自己慰撫のための不適応的な行為」と「C4.習慣性・反応性の自傷行為」は、臨床的には不快な感情や感覚への対処行動として生じることが多いと考えられ、診断基準「B.感情的・生理的調節不全」との関連で生じる可能性がある、と考えられています。(西澤.アタッチメントと子ども虐待. in 小林・遠藤・編.「甘え」とアタッチメント. 遠見書房)

 

発達性トラウマ障害の調節障害と対人関係障害

B.感情的・生理的調節不全:以下のうち最低二つを含む、覚醒調節に関連した標準的発達能力障害を児童が示す場合。

B1.極端な感情状態(恐れ、怒り、羞恥など)を調節したり、それに耐えたり、それから立ち直ったりする能力の欠如。持続的で極端な癇癪、または身動きが取れない状態を含む

B2.身体的機能の調節の障害(睡眠、摂食、排泄における持続的障害、接触や音に対する過大または過小な反応性、日常生活で一つの活動から別の活動に移るときの混乱など)

B3.感覚と情動と身体的状態の自覚の減少/解離

B4.情動または身体的状態を説明する能力の障害

 

D.自己の調節不全と対人関係の調節不全:以下のうち最低三つを含む、個人的自己同一性感覚と対人関係への不参加における標準的発達能力障害を児童が示す場合。

D1.養育者またはその他の親密な人の安全(時期尚早の養育を含む)について極度に関心を抱くこと、あるいは、別離のあとの彼らとの再会を許容するのが難しいこと

D2.自己嫌悪、無力感、自分は無価値だという感覚、自分は無能だという感覚、自分は不完全であるという感覚を含む、持続的な自己否定感覚

D3.成人や同輩との緊密な人間関係における、極端で持続的な不信、反抗、互恵的行動の欠如

D4.同輩または養育者またはその他の成人に対する、反応性の身体的攻撃または言葉による攻撃

D5.親密な接触(性的または身体的親密さを含むがそれに限らない)を得るための不適切な(過剰または不品行な)試み、あるいは安心と安全材料を確保するための、同輩または成人への過剰な依存

D6.他者による苦悩の表現への共感または寛容性の欠如、あるいは他者の苦悩に対する過剰な反応性によって裏付けられる、共感的覚醒調節能力の障害

ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店

 

「B.感情的・生理的調節不全」には、睡眠や摂食、感覚などの生理的な調節不全と、感情爆発、感情的不安定さ、感情の安定化困難、および、感情や身体感覚の認識と言語化困難が含まれています。

 

一方、「D.自己の調節不全と対人関係の調節不全」では、「基本的信頼感の欠如(D3)」「他者への反抗と攻撃(D4)」が対人関係障害の中心となっており、その根底にあるのが「否定的自己概念(D2)」と考えられているようです。

 

「D6. 共感的覚醒調節能力の障害」は、「B.感情的・生理的調節不全」と関連していると考えられています。

 

「複雑性PTSD」の発達に関連した表現型には、「小児では、情緒調節の広範な問題や人間関係を持続させることの持続的な困難が、退行、無謀な行動、自己または他者に対する攻撃的行動、仲間との関係の困難として現れることがある」「感情調節の問題は、解離、感情体験や感情表現の抑制、肯定的な感情を含む感情を誘発しうる状況や経験の回避として現れることがある」との記載があり、「発達性トラウマ障害」の診断と重複する部分も多いようです。

 

「発達性トラウマ障害」は、PTSDの三つの症状カテゴリーのうち、二つ以上について、最低一項目に該当することになっています。

「複雑性PTSD」と比べて、「発達性トラウマ障害」は「生理および情動の調節障害を中心に、自己概念、行動、対人関係の調節を含む「自己調節の障害」が強調されている、つまり、ADHD様症状を伴う不全型の「複雑性PTSD」と見なすことが可能なのです。

 

院長

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