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トラウマ関連障害の再体験症状と回避症状

[2024.02.12]

トラウマ体験と複雑性PTSD・発達性トラウマ障害』で、反芻的思考、想起刺激による悪化、回避など、PTSDに類似した症状を呈した場合には、ICD-11では「適応反応症(適応障害)」と診断することになっている、ことを説明しました。

 

ICD-11の「適応反応症(適応障害)」は、「ストレス因とその結果にひどくとらわれており、過剰な心配や苦痛な思考、その意味についての反芻的思考がみられる。そうした症状はストレス因の想起刺激によって悪化し、結果として回避が生じる」と規定されています。

 

適応反応症(適応障害)と心的外傷後ストレス障害(PTSD)

「適応反応症(適応障害)」と「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」との鑑別は、ICD-11では以下のようになされます。

 

適応障害では、ストレス要因の重症度や種類はさまざまだが、必ずしも極度に脅威的または恐ろしい性質のものである必要はない。

それほど深刻ではない出来事や状況に対する反応が、心的外傷後ストレス障害の症状要件を満たす場合は、適応障害と診断されるべきである。

さらに、非常に脅威的な出来事や恐ろしい出来事を経験した人の多くが、その後遺症として適応障害を発症し、心的外傷後ストレス障害は発症しない

この区別は、ストレッサーの種類だけに基づくのではなく、どちらの障害の診断要件も完全に満たしているかどうかに基づいて行われるべきである。

ICD-11 platform. 6B43 Adjustment disorder.

 

外傷的出来事(トラウマ体験)があったとしても「PTSD」を発症しない、ということに驚かれた人も多いかもしれません。東アジアでは、PTSDの診断基準を満たすのは1.9%、複雑性PTSDの有病率は3.6%と報告されています。(外傷的出来事については『心的外傷的出来事(トラウマ体験)の諸相』参照)

 

PTSD様症状を伴う持続トラウマ反応

外傷的出来事(トラウマ体験)とはいえない出来事で、PTSD三徴を伴っている場合は、これまで通り「適応反応症(適応障害)」と診断されます。

 

一方、外傷的出来事(トラウマ体験)があったとしても、PTSD三徴(再体験・回避・過覚醒)を満たさない場合もまた「適応反応症(適応障害)」と診断することになっていましたが、DSM-5-TRではPTSD様症状を伴う持続トラウマ反応」が新たに設定されました。

 

さて、従来PTSDの診断の閾値に関しては2つの問題が存在していた。

1つは外傷的出来事の基準Aには相当しない程度の軽度の出来事(例えば、接触程度の自動車事故)を契機として、PTSDの診断基準B、C、D、Eをすべて満たすような症状が発展したケースである。こういった場合、DSM-5では適応障害として診断するとされた。

しかし一方で、明らかに基準Aに相当するほどの深刻な外傷的出来事を体験したものの、基準をすべて満たすような症状が出現しなかったケース(いわゆる部分PTSDないし閾値下PTSD)もDSM-5では適応障害と診断するものとされた。

つまり片方は軽微な出来事でも症状が顕著に出現した脆弱性を特徴とし、もう片方は重度の出来事でも出現した症状はさほど顕著ではなかった頑健性あるいはレジリエンスを特徴としているにもかかわらず、それら真逆の病像に対して同じ適応障害という診断をあてはめていたのである。

(中略)

TRでは(中略)、「PTSD様症状を伴う持続トラウマ反応」が新たに盛り込まれた。

定義としては、外傷的出来事を契機として診断基準に達しない程度の症状(いわゆる部分/閾値下PTSD)が6か月以上持続しているケースを指している。

この点について、前述のように、真逆の病像の2種類のPTSD症状を、いずれも適応障害としたDSM-5の矛盾を一部解決したもので喜ばしいことではあるが、外傷的出来事から6か月未満の部分PTSDは相変わらず適応反応症と診断されることになり、矛盾がすべて解決されたわけではない。

飛鳥井. 心的外傷及びストレス因関連障害. 精神医学 65(10): 1083-1039, 2023

 

再体験症状を中心としたトラウマ関連障害の理解

さらに、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」や「複雑性PTSD」では経年変化により再体験症状は軽減し、診断基準を満たさなくなるようです。

 

再体験症状は、以下のように定義されています。

 

トラウマとなった出来事が起こった後に、その出来事を再体験すること。その出来事が単に記憶されているだけでなく、今ここで再び起こったように体験される。これは通常、鮮明な侵入的記憶やイメージの形で再体験される。

フラッシュバックは、軽度(その出来事が現在に再び起こっているという一過性の感覚)から重度(現在の周囲の環境の認識が完全に失われる)まで様々である。またはトラウマ的出来事にテーマ的に関連する反復的な夢や悪夢の形で起こる。

再体験は通常、恐怖や恐ろしさなどの強い情動や圧倒的な情動、強い身体感覚を伴う。

現在における再体験は、認知的側面は顕著ではないが、トラウマ的出来事の際に経験したのと同じ激しい感情に圧倒されたり、没頭したりする感覚を伴うこともあり、出来事を思い出すことに反応して起こることもある。

出来事を振り返ったり反芻したり、その時に経験した感情を思い出したりするだけでは、再体験の要件を満たすには不十分である。

ICD-11 platform. 6B41 Complex post traumatic stress disorder.

 

再体験症状は「侵入的記憶」とも呼ばれ、想起される内容は何が起きたかという言語的に近接できる記憶ではなく、「強い情動や圧倒的な情動、強い身体感覚を伴う」没入体験から、現実感喪失をともなう解離症状として再体験されます。

 

再体験症状は経年変化し、最終的には、「出来事を振り返ったり反芻したり、その時に経験した感情を思い出したりする」反芻的思考や、ストレス因の想起刺激による悪化という症状に移行していくようです。

 

しかし一方で、過覚醒(不安の生理学的症状:驚愕反応や驚愕反応の亢進、自律神経過敏)とともに、出来事に関する状況(思考、感情、記憶)、人や活動に対する不安回避が支配的になる、とされています。

 

PTSD三徴の中心は再体験症状であり、再体験症状に対する反応として、過覚醒症状と回避症状があると考えるとわかりやすいかもしれません。

 

再体験症状を持続させる回避症状

過覚醒症状は、「警戒や予期せぬ物音などの刺激に対する驚愕反応の亢進によって示されるように、現在の脅威が高まっているという持続的な認識」ですが、複雑性PTSDでは過覚醒症状のうちの驚愕反応が減弱することもある、とされています。

 

また、回避症状は、「トラウマとなった出来事の再体験を引き起こす可能性のある想起を意図的に回避する。これは、その出来事に関連する考えや記憶を積極的に避ける内的回避と、その出来事を想起させる人、会話、活動、状況を避ける外的回避のいずれかの形をとる」とされています。

 

これらの過覚醒症状と回避症状のバランスによって、「自己組織化障害」の感情調節障害と対人関係障害が引き起こされているようです。

 

感情調節障害は、「些細なストレス要因に対する情動反応の亢進、暴力的な暴発、無謀または自己破壊的な行動、ストレス下の解離症状、感情の麻痺、特に喜びや肯定的な感情を経験できないこと」とされており、過覚醒症状とともに回避症状(内的回避)が関係しているようです。

 

一方、対人関係障害は「人間関係を維持することや他者を身近に感じることが持続的に困難になる。人間関係や社会との関わりを一貫して避けたり、軽蔑したり、ほとんど関心を示さなかったりする。あるいは、時折濃密な人間関係があっても、それを維持することが困難である」と、外的回避が主になっています。

 

以下のリストを見て、こうしたよくある行動が自分や自分の生きかたにあてはまるか、考えてみてください。

・人に会わないようにしたり、特定の場所を避けたりしている
・孤立している
・感情的になると、食べすぎてしまう
・苦痛を感じないように、アルコールを飲み過ぎたり、薬物を使ったりする
・何時間もゲームをしたり、テレビを見たりする
・自分が虐待やネグレクトを受けたことを認めたくない
・人の世話ばかりをしていて、自分のことはなおざり
・自分や他者をコントロールしたがる
・完璧主義者
・セラピーの予約をキャンセルしたり、忘れたりする
・仕事に没頭して、何も感じないようにしている
・思考停止して、感じることを避けている
・時々、頭が真っ白になったり、解離したりする

自分の回避行動に気づいたら、その行動がどのように始まったのか、考えてみましょう。

シュワルツ『複雑性PTSDの理解と回復』金剛出版

 

上記のリストの背景にあるのが再体験症状を維持する回避症状(外的回避と内的回避)であることを考えると、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」や「複雑性PTSD」などトラウマ関連障害の治療の方向性が見えてきます。

 

つまり、トラウマ関連障害の治療だけでなく、過食や過食嘔吐の治療も、本当の問題(トラウマ関連障害では再体験症状、過食症では感情不耐)の維持因子となっている回避を止めること(過食症であれば、飢餓状態をつくらないこと、嘔吐をやめること)が、最初に取り組む課題になります。

そのため、回避をささえる抗不安薬を服用中の方は、治療適応にならないのです。

 

フラッシュバックの改善は回復のその長い道のりの第一歩に過ぎない(杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房)」といわれるように、再体験症状の治療からトラウマ関連障害の治療は始まるのです。

 

院長

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