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「神経発達症(発達障害)特性」を有する人の復職

[2022.06.20]

うつや不安を主訴に受診した患者において、背景に神経発達症が存在することは決して珍しくない。そのため、近年では、他の精神障害の診療においても常に神経発達症の併存を念頭に置くことが求められている」ということなのですが、「神経発達症(発達障害)特性」は個人によって強弱があります。篠山. 神経発達症の症状の変遷. 精神科治療学 37(1): 17-22. 2022

 

うつ病や適応障害、あるいはさまざまな不安症と異なり、「神経発達症(発達障害)特性」は診断カテゴリーの背景にあるものですから、産業医として会社での対応や支援に頭を悩ませることも少なくありません。

 

産業保健の分野では、以前から勤怠・安全・パフォーマンスなどの「事例性」と「疾病性」、そして「作業関連性」を区別することが行われてきました。

しかし「神経発達症(発達障害)特性」があると、従来のこのやり方が通用しない場面も少なくありません。

 

就労者の精神疾患への職場の対応として、診断を付けなくてもよい方法が推奨されている。

それが疾病性と事例性の考え方で、精神科領域に不慣れな産業医や就労者の最も近い立場である上司が、個々の精神疾患の診断、治療(疾病性)にとらわれず、早期発見して対応に結びつけるために職場で起こっている問題(事例性)に着目して専門に結びつけるという考え方である。

(中略)

職場では疾病性にとらわれず事例性に着目することで、早く病気に気づき早く医療機関に繋げ、疾病性に関しては医療機関に任せ、早く休養を取らせて、その間に治療を行い、段階的な復職をするといった方法がとられてきた。

これは(従来型)うつ病を対象とすることが前提として作られたと考えられる。

このシステムは、対応疾病の前提として、発症前の機能が通常レベルで問題なく、疾病により機能低下をきたし、休養や治療(主に薬物療法)で治癒し、機能の回復が得られる、という特徴を持つ疾病であることが必要となっている。

出口, 岩﨑. 就労者の精神疾患に神経発達症が及ぼすインパクト─主治医および精神科を専門とする産業医の立場から─. 精神科治療学 37(1): 29-34. 2022

 

「神経発達症(発達障害)特性」を有する就労者の職場での「事例性(問題)」は、遅刻が多いこと(勤怠の問題)や、感覚過敏のための耳栓や特定の場所への移動(安全の問題)、また、頻回なミスの繰り返し、複数の業務の遂行困難、独自のやり方で進める、挨拶や敬語が使えないなどのパフォーマンスの問題として表面化してきます。

 

職場では「事例性(問題)」の背景に「治療すべき病気(疾病性)」の存在を疑い、医療機関を受診させて休養(休職)を取らせ、回復を待つという「古典的うつ病モデル」に則った対応をすることが関の山です。

 

しかし、神経発達症の場合は専門医に繋いだ時点で問題が終結するわけではない。

(中略)

従来の対応を行ったとしても長期に休職したままで職場に戻ってこないか、復職ができても、休職−復職を繰り返してしまうことが多い。

出口, 岩﨑. 就労者の精神疾患に神経発達症が及ぼすインパクト─主治医および精神科を専門とする産業医の立場から─. 精神科治療学 37(1): 29-34. 2022

 

こころの健康クリニック芝大門には、「事例性(問題)」の背後にある「治療すべき病気(疾病性)」の診断と治療、あるいは、休職中の社員さんであれば復職するための「リワーク(職場復帰支援プログラム)」を目的として、産業医の先生や保健師さん、あるいは人事労務担当者や上司から、社員さんが紹介されてきます。

 

こころの健康クリニック芝大門でリワークプログラムを導入した方々の中には、生育歴(とくに身体発育と言語発達の乖離)や「広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度(PARS)」の結果から、「治療すべき病気(疾病性)」の背景に「神経発達症(発達障害)特性」が疑われる場合も稀ではありません。

 

WAISは、精神科医療では幅広く使用されている知的能力のアセスメント法であり、横断的に患者を評価できる補助診断ツールといえる。

前述したようにASDの診断に際しても多く使用されるが、WAISの結果においてASDに特異的なパターンがあるわけではなく、下位項目ごとの評価点のばらつきが目立つのが特徴である。

過去には、自閉症では動作性知能指数(intelligence quotient: IQ)が言語性IQよりも有意に高く、アスペルガー症候群では言語性IQが動作性IQよりも有意に高いとする報告も見られたため、これが拡大解釈され、言語性IQと動作性IQの乖離を根拠とするASDの誤診例も散見される。

言語性IQと動作性IQのプロフィールのみでASDの診断としないことを意識する必要がある。

太田,飯田. 成人精神疾患の背景にある神経発達症をいかに見抜くか. 精神科治療学 37(1): 11-16. 2022

 

上記のように「ウェスクラー式成人知能検査(WAIS)」は「神経発達症(発達障害)特性」の診断ツールではありません。

 

こころの健康クリニック芝大門のリワークでは、WAISの結果から下位項目の評価点のばらつきをみて本人の特性を把握し、自己理解を促し、職場復帰に際して職場に対してどのような配慮をお願いすればいいかを一緒に考えています。

 

一般的な職場からの就業上の措置には、労働時間短縮、出張制限、時間外労働制限、労働負荷制限、作業転換、就業場所の変更、深夜業・当直の減少、休職などがある。

しかし、神経発達症ではこれらだけで改善しないことがあり、それ以上の個々に応じた詳細な対応が求められる。

出口, 岩﨑. 就労者の精神疾患に神経発達症が及ぼすインパクト─主治医および精神科を専門とする産業医の立場から─. 精神科治療学 37(1): 29-34. 2022

 

先日、ある会社の産業医の先生から、ていねいな情報提供依頼書が届きました。
(このケースも個人が特定されないようにいくつかの症例をまとめた架空ケースです)

 

社員さん(患者さん)は今回が2度目の休職であり、1回目は休養のみで復職しましたが、「神経発達症(発達障害)特性」にともなう苦手な業務(クリエイティブな職務、臨機応変な現場対応)に復帰したため、短期間で不適応を起こしてしまわれたのでした。

2回目の休職であることから、産業医からリワークを指示され、こころの健康クリニック芝大門に転院してこられ、「復職準備性評価(PRRS)」もフルタイム週5日の勤務が1ヶ月以上続けられる状態まで回復したので、「復職可能」の診断書とリワークでの治療経過を書いた診療情報提供書を提出したのでした。

 

産業医の先生からの依頼書は、社員さんの再発についての安全配慮とともに、会社は「神経発達症(発達障害)特性」についての合理的配慮をする準備があるので、どのような職務内容であれば不適応を起こさずに遂行できるのか、上司あるいは周囲の対応はどうすればいいか、という問合せでした。

 

WAISの結果を元に、何が不得手で何が得意であるか、それらに該当する職務があるのかどうか、について患者さんと相談し、その結果を産業医の先生に情報提供しました。

 

情報提供の際に注意したことは、患者さん(社員さん)を特別扱いしないこと、職務が遂行できるかどうかより、どこまでの量なら担当可能かを明確にして、周囲の人たちの業務負担(肩代わり)と陰性感情を極力減らすこと、上司はあくまで契約上の関係にすぎないため、上司の負担にならないようにすることを強調しました。

 

そして最後に、「もし可能であれば」と一文を添えた上で、このような業務が向いていると考えられるので、自己完結的な専門的任務を賦与していただければ再適応も可能と考えられる、とお伝えしました。

 

リワークの最後の日、患者さんが産業医面談での様子を語ってくれました。

産業医の先生は「こんなに詳しい診療情報提供書は今までもらったことがない」とすごく喜んで感謝していらっしゃっいました、と話してくれました。

そして、希望どおりの職務に復職することが決定したのでした。

 

院長

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