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さまざまな疾患の背景にある自閉スペクトラム特性

[2023.01.05]

謹んで新春のお慶びを申し上げます。
2023年癸卯年が皆さまにとって良い年になりますように。

 

2020年にコロナ禍が始まって、働き方がテレワーク中心に変わってから、摂食障害(過食や過食嘔吐)、適応障害、パニック障害、双極性障害など、さまざまな患者さんの背景に、診断基準を満たさない程度の自閉スペクトラム特性(AS特性)を見出すことが増えたような印象を持っていました。

 

先日行われた某学術集会でも、「これまで単独障害と考えられてきた多くの精神障害の背後に軽症ASD(註:自閉スペクトラム症)が無視できないほど多い」とする基調講演が行われました。

 

上記で「軽症ASD」とされている一群に対して、本田先生は「自閉スペクトラム症(ASD)」ではなく「自閉スペクトラム特性(AS特性)」と呼ぶことを提唱されています。

AS特性は残存しているが社会適応は悪くなく、むしろ良好に適応していることすらある一群を、著者は「非障害自閉スペクトラム(Autism Spectrum Without Disorder:ASWD)」と呼んできた」とおっしゃいます。本田. 特異な選好(preference)をもつ種族(tribe)としての自閉スペクトラム. in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版M/i>)

 

それまで自閉症は知的障害をもち、他者との情緒的接触を欠如し、相互的な言語疎通をもたないといった特徴があるとされてきた。

ところが、知的な障害なく会話も成立するが、他者との情緒的交流が質的に異なり、興味関心の限局といわれるこだわりをもつ人たちが診断基準の中で捉えられるようになり、児童精神医学領域のみならず成人精神医学の中でも注目を集めることになった。

そしてうつ病などの気分障害、不安症、強迫症、物質関連障害や精神病性障害、摂食障害などが前景となっている人たちの背景にASを見出すことが増えたのである。

田中. ASとアタッチメント. in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

自閉スペクトラム特性(AS特性)が疑われた40代の社員さん

以前、「発達障害の傾向があるのではないか」と、産業医の先生から紹介されてこころの健康クリニック芝大門を受診された40代前半の社員さんがいらっしゃいました。(個人が特定できないよう、いくつかのケースを合わせ、また細部は変更しています)

 

元々、過敏性腸症候群で内科に、アトピー性皮膚炎で皮膚科に通院中の方で、これまで不適応を起こしたことはありませんでしたが、信頼を寄せていた部長が異動になりました。

新任の部長も穏やかで配慮のある方だそうですが、患者さんはそのような変化に対して漠然とした不安を抱いていて、お腹の調子がずっと悪かったと話されました。

 

そんな時に心待ちにしていた映画を観に行き、上映直前に「映画が始まるとトイレに行けないから、先にトイレに行っておこうかな?」と考えた途端、急に胸がドキドキしてきて、息が苦しくなり、お腹を下しそうになったそうです。

映画が始まる直前に映画館を出て、後でDVDを借りて見ればいいかと思い直したそうです。

 

メンタルクリニックを受診すると「パニック障害」と診断され、抗うつ薬と抗不安薬を処方され、数年間服用中でした。

 

そうこうするうち、朝からお腹の調子が思わしくなく「会社に行くのが厭だなあ」と思っていると出勤途中の電車で息苦しさが出るようになり、抗不安薬を増量されても症状が変わらないどころか、吐き気を伴うようになったため、産業医面談を受けることになったそうです。

出社困難以外は、業務や人間関係には問題がなく作業関連性は考えられないにも関わらず、身体症状が顕著なため、産業医の先生はアレキシサイミア傾向から発達障害特性を疑われたのでした。(註:アレキシサイミア:自らの感情を自覚、認知したり表現することが不得意で、想像力、空想力に欠ける傾向)

 

心理的ストレスに対する病的反応として、抑うつよりも心身症的症状が前景化するASもよく見られるが、感情を言語化することが苦手な高機能のASといわゆるアレキシサイミア(失感情症)との親和性を考えれば不思議ではない。

阿部. ASと抑うつ. in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

発達障害の傾向(AS特性)はどのように見出すのか

この社員さんは乳児期の身体発育と言語発達の間に2カ月以上の乖離があり、指差しや呼名反応が乏しく、ごっこ遊びはあまりせず、広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度での乳幼児期ピーク得点はASDを強く疑うレベルであり、感覚過敏とこだわりが認められました。

また、幼稚園の頃から人見知りが多かったものの、中学・高校・大学を通して、趣味の仲間とは交流があったということでした。

 

電車の中での息苦しさは、帰宅時や休みの日に電車に乗るときは全く出現せず、状況依存性の症状と考えられました。

パニック発作を伴う典型的な広場恐怖症に近いと考えられましたが、広場恐怖症は15〜20歳・25〜30歳が好発年齢で、パニック障害は20〜25歳が好発年齢ですから、40代前半のこの患者さんの場合は、身体表現性障害(身体表現性自律神経機能不全)と診断せざるを得ないケースでした。

 

Wingらが「受動型」や「能動−奇異型」という概念を提唱したのは、幼少期に孤立型の対人関係の特徴を呈した人たちの多くが、成長とともにある程度の応答を示すようになったり、積極的に相手に話しかけるようになったりすることを経験したからである。

さらに多くの現場で臨床経験が積まれるとともに、アスペルガー症候群、さらにはAS(註:自閉スペクトラム)へと、概念の拡張が続いている。

ついには、一定水準の社交性を模倣によって獲得して、一見ASらしくは見えないような「社会的カモフラージュ」を身につける一群も存在することが指摘されており、他覚的行動所見のみで定型発達との境界線を区切ることはいよいよ困難になってきている。

本田. 特異な選好(preference)をもつ種族(tribe)としての自閉スペクトラム. in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

この方は、産業医の先生の診立て通りアレキシサイミア傾向を伴う「自閉スペクトラム特性(AS特性)」で、上司の交代という変化に対する恐れから、身体症状が頻発したケースのようでした。

 

この方はテレワークを交えながら、少しずつ出社頻度を増やすこと、身体症状に対しては不安階層表を作り、その変化を観察しながら、定期的に服用していた抗不安薬を漸減・中止し、1種類のみ週4回まで頓服とし、抗うつ薬も漸減中です。

 

このように、「もともとどんな人だったのか」の理解から治療方針も変わってくるので、いまや「自閉スペクトラム特性(AS特性)」の認識は、メンタルヘルスの臨床では避けては通れなくなっているのです。

 

院長

※次回のブログは、成人の日の翌日、1月10日(火)にエントリーしますのでお楽しみに。

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