メニュー

多衝動性過食症と境界性パーソナリティ障害

[2023.01.10]

トンプソン-ブレナーは、摂食障害には診断を横断する「高機能・完全主義型」「感情調節不全型」「回避・抑うつ型(感情抑制型)」の3つの性格プロトタイプがあるとしています。(『過食症と過食性障害の3つのプロトタイプ』参照)

 

回避・抑うつ型(感情抑制型)」は、対人関係の回避や感情の過剰な抑制が特徴とされています。


感情表出が十分でなかった生育環境の中で、自己の存在の不安定さを自分でなだめる手段として、過食(むちゃ食い)や過食嘔吐という「報酬」によって刹那的に補う行動様式を身に付けたようなタイプで、「不安障害(とくに全般性の社交不安障害)」の合併が多いタイプとされています。

 

多衝動性過食と境界性パーソナリティ障害の感情調節不全

感情調節不全型」は、情動調節不全および衝動性によって特徴づけられ、「境界性パーソナリティ障害(BPD)」や「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と関連が深いタイプとされています。また、「多衝動性過食症」との重複もみられるとされています。

このタイプは、内在化された「よそ者的自己(エイリアン・セルフ)」が存在し、自己内省(メンタライジング)能力と情動調整困難が特徴とされています。

 

Lacey(レイシー)は、「衝動行為はコントロール不可能という感覚と関係する。それぞれの行為の頻度は流動的であり、他の衝動行為との間に互換性がある。患者にとってそれらの行為は衝動的に起こる、とみなされる」と報告しています。

 

Lacey(レイシー)は摂食障害症状に自傷、物質乱用等の衝動行為を合併する病態を多衝動型過食症と呼び、これについてCorstrophine(コーストフィン)らは幼少期に心的外傷を経験しているED患者ほど多くの衝動行為を合併するとの調査結果を報告した。

EDは他の自己破壊的な衝動行為と並んで幼少期の外傷体験と関連が深い病態であると言える。

(中略)

また同じく幼少期外傷体験と関連づけられる境界性パーソナリティ障害の治療でも、激しい自傷行為や解離症状が徐々に収まった後に摂食障害症状だけが長く存在する経過も多く見られる。

崔:摂食障害と心的外傷. 精神科治療学33(11): 1299-1304, 2018

 

「神経性過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」では、「過食衝動」には自己制御障害としての「性急自動衝動性の亢進」が関係しているとされます。

一方、「摂食嗜癖行動」の「習慣性」や反復性、固執性、自動性については、「報酬感受性の亢進」が関与していることが推測されています。

 

つまり、乳幼児期の虐待やネグレクトなどアタッチメントの問題を抱えた場合、トンプソン-ブレナーの摂食障害の3つのプロトタイプのうち、回避・抑うつ型(感情抑制型)」はASD特性の報酬感受性の亢進が、感情調節不全型」はADHD特性の性急自動衝動性の亢進を反映しているのかもしない、と考えられるわけです。

 

被虐待児が、その異型連続性のなかで、とくに学童期において、発達障害の臨床像を示すということである。

このような症例において、一般的には多動性の行動障害、つまりADHDの臨床像と、非社会的行動、すなわちASDの臨床像とを共に呈するようになる。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

多衝動性過食症と境界性パーソナリティ障害と発達性トラウマ障害

上記でも触れた「感情調節不全型」と重複するとされる「多衝動性過食症」は、過食あるいは過食嘔吐に加え、3つ以上の衝動行為(リストカット、過量服薬、浪費、性的逸脱、万引き、など)、多様な衝動性を伴うとされています。

「多衝動性過食症」は「境界性パーソナリティ障害」の病像と類似しており、通常の摂食障害に対する精神療法では治療が困難と言われています。

 

永田先生らは、多衝動性過食症を調査し、摂食障害の発症前から自傷行為や自殺企図があることから、衝動性は混乱した摂食行動によるものではない、と考察されています。

さらに、摂食障害と衝動行為の関連は単一でなく、衝動行為の種類により異なる可能性が示唆されています。

 

「多衝動性過食症」では、たとえば、過食が減ると自傷がひどくなったり、自傷が減ると買い物依存や盗癖がひどくなるなど、衝動の対象が次から次に移りかわっていくことが特徴です。

 

一方ヴァン・デア・コークは、「発達性トラウマ障害」では愛着形成の混乱がさまざまな臨床像を変遷して表現されていく「異型連続性」が特徴としています。

 

「逆境的小児期体験(ACE)」に伴う「ASD/ADHD/発達性トラウマ障害(DESNOS; 特定不能の極度ストレス障害)」が引き起こす衝動性に関する症状のひとつが「境界性パーソナリティ障害」であり、もう一つが「多衝動性過食症」と考えることができそうです。

 

多衝動性過食症とトラウマ治療

一方、杉山先生は、アタッチメントの問題を抱える「ASD/ADHD/発達性トラウマ障害(DESNOS; 特定不能の極度ストレス障害)」に伴う「多衝動性過食症」を含む摂食障害症状は、「複雑性PTSDの症状自体が軽減してゆくと、コロッと良くなってしまう」と述べていらっしゃいます。

 

過食

先に少しだけ触れたように、愛着障害の1つの症状として起きる問題である。

激しいフラッシュバックが緩和された後に、口が淋しくなって仕方ないというかたちで過食が現れることもある。

ただし一般的な摂食障害に比べて複雑性PTSDの人の示す過食は、多彩な症状の1つに過ぎず、複雑性PTSDの症状自体が軽減してゆくと、コロッと良くなってしまうということをしばしば体験する。

逆に一般的な摂食障害のように、延々と過食、拒食、食べ吐きなどに悩まされることがない。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

過食や過食嘔吐の治療と称して、ときおり抗てんかん薬のトピナが投与されているケースを目にすることがありますが、効果がないばかりか、摂食障害症状が悪化するケースもかなりあるようです。

 

個人的には、薬物療法が必要な過食は「多衝動型過食症」のみで、過食や嘔吐以外の衝動も合併している場合にのみ有効と考えています。(『複雑性PTSD/発達性トラウマ障害と多衝動型過食症』『過食と嘔吐の衝動性』参照)

 

前出の永田先生も「摂食障害ではなく衝動性を治療することが重要である」と述べていらっしゃることから、衝動性を引き起こす「ASD/ADHD/発達性トラウマ障害(DESNOS; 特定不能の極度ストレス障害)」の治療が優先される、ということのようですね。

 

院長

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME