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適応障害と抑うつ状態と不適応

[2022.12.12]

最近、仕事を休職した社員さんから提出される診断書に、「適応障害」とされているものが非常に増えたような印象があります。

 

「適応障害」と診断されて、こころの健康クリニック芝大門のリワーク外来を受診された方を、アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5や、世界保健機構(WHO)の国際疾病分類であるICD-10や最新バージョンのICD-11でくわしく診断してみると、「適応障害」の診断基準と合致しない方がほとんどです。

 

 

これは推測なのですが、「適応障害」という診断名は、休職する理由としてつけやすい病名なのかもしれないと考えています。

 

「適応障害」や「うつ状態」という病面での診断書が職場に提出されることは、たしかに多い。

職場側の産業医や保健師等は、その診断書病名について、ある程度の理解はできるものの、精神科の臨床医、特にその診断書を書いた担当医と同等の疾病性への診立ては難しいのが一般的だろう。

むしろ彼らは、どのくらいの期間の休業が必要なのか、勤務軽減などの就業措置が必要なのか、どの程度働かせてよいのかといった労務管理と安全配慮に直結した医学的見解に関心を持つことが多い。

小山. 「適応障害とうつ状態という診断書がとても多いけれど,適応障害とはどういう意味で,うつ状態とはどう違いますか」―産業保健師の質問にどう答えるか―. 精神科治療学: 37. 増刊号., 371-373. 2022.

 

その背景には、「適応障害」の診断名は、患者さんに対しても当たり障りがなく受け入れやすい、という心理が働いているのではないか、と思います。

あるいは、抑うつ状態の本質がうつ病なのか双極性障害なのか鑑別ができないときに、とりあえずの診断として「適応障害」とつけるケースが増えたのではないか、とも考えられます。

 

職場における「うつ状態」や「適応障害」などのメンタルヘルス不調とは、労働者が心身・精神の不調をきたすことを意味するが、何らかの疾病(うつ病等)の程度や病状を疾病性(illness)と呼び、その疾病性などが原因となり、労働者が呈する「いつもと違う様子」を事例性(caseness)と呼ぶ。

具体的に、疾病性として挙げられるものには、不眠症、適応障害、不安障害、うつ病、依存症候群などの疾患があり、事例性としては、睡眠・食欲の変化、疲れやすさ、体調不良の訴えが増えるなど、行動面では、集中力の低下、休日明けの不快気分、口数が少ない、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)や挨拶ができない、不機嫌・怒りっぽいなどが見られ、多岐にわたり勤務に支障をきたすことと理解できる。

小山. 「適応障害とうつ状態という診断書がとても多いけれど,適応障害とはどういう意味で,うつ状態とはどう違いますか」―産業保健師の質問にどう答えるか―. 精神科治療学: 37. 増刊号., 371-373. 2022.

 

自験例でこういうケースがありました。本人が特定できないよういくつかのケースを組み合わせますが、遅刻や欠勤が多いから治療の必要性を判断して欲しいと産業医の先生から紹介されたケースです。

 

プライベートで死別体験があり、死別に伴う遷延性悲嘆には該当しませんでしたが、毎日泣き暮らしていらっしゃり、仕事も休みがちで日常生活もままならない悲嘆反応が続いていました。

週命日ごとの供養を指示し、四十九日が過ぎて悲嘆反応もずいぶん軽くなってきました。

ところが、欠勤は減ってきましたが朝の定時には出勤できず、午後から出勤する、あるいは、遅刻したり早退することが続いていました。

そんな中でようやく職場での上司との関係が話題にのぼり、上司との人間関係の悩みが出勤困難やパフォーマンスなど事例性に影響を与える「抑うつ状態」をもたらしていたことが明らかになり、「適応障害」と診断しました。

 

このケースのように、ICD-10での「適応障害」は、ストレス因の性質について死別など対人関係を障害するもの、という規定がありますが、上述したように診断基準に則って「適応障害」と診断されているケースはほとんどないようです。

 

また、「適応障害」は「うつ病」あるいは「うつ状態」と診断されているケースも多いようです。

 

過重労働からの疲弊の極みと睡眠不足は内分泌と脳機能のバランスを崩すから「うつ病化」が進むよね。

それから、何か人とうまくいかないたびに自覚的にかなり困ってしまって、それでも会社には必然的に人間関係があるから、その鋳型のような環境に適応すべき事態が続けば「うつ」になってもおかしくない。

前者は、機能的なうつ病に近縁した「うつ状態」で、後者は適応しようと試みる過程で起こった、つまり適応障害としての「うつ状態」です。

小山. 「適応障害とうつ状態という診断書がとても多いけれど,適応障害とはどういう意味で,うつ状態とはどう違いますか」―産業保健師の質問にどう答えるか―. 精神科治療学: 37. 増刊号., 371-373. 2022.

 

「適応障害」と診断されていても、ほとんどの場合は抗うつ薬や抗不安薬などが処方されています。

薬物療法が効果がある場合もありますが、「適応障害」は原因となっているストレス因を解消することが根本的な治療になります。

定義上は、ストレス因が消失してから少なくとも6ヶ月以内に適応障害の症状は消退するとされていますから、すべての場合に薬物療法が奏効するわけではありません。

 

「適応障害」に対して抗うつ薬や抗不安薬を投与すると、苦痛を伴う適応反応が起きなくなり、適応反応が阻害されてしまいます。適応反応が阻害されてしまった状態を「不適応」と呼びます。

 

適応障害は、環境変化や社会生活上の出来事による心理ストレスへの適応段階(適応の過程)で生じる、主観的な苦悩や不安・抑うつなどが持続している障害です。重要なことは、適応障害は、適応に向かう過程で生じるものであって、自ら適応しようとしない「不適応」とは異なるってことです。

誰にでも、仕事や立場などに対する「向き不向き」ってあると思うけれど、最初から「その環境に入る、慣れることはしません」って人には「適応障害」は起こらないと言ってもいいでしょうね。

むしろ、僕は、(適応障害をきたした人は)できるところまで頑張った人、という見方で患者さんと接している。

小山. 「適応障害とうつ状態という診断書がとても多いけれど,適応障害とはどういう意味で,うつ状態とはどう違いますか」―産業保健師の質問にどう答えるか―. 精神科治療学: 37. 増刊号., 371-373. 2022.

 

「適応障害」の治療は、環境とのミスマッチを改善することが治療の本質になりますから、対人関係の問題がなければ、休職することは適応障害の解決になりません。

 

「適応障害」に対しては、うまくいかなかった仕事の内容ややり方について業務内容および業務量を見直すなど、その人に合った順応期間を設けて仕事をしながら治療することが重要になるのです。

 

院長

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