メニュー

複雑性PTSDの臨床2〜フラッシュバックとトラウマ反応

[2021.02.17]

「極度に脅威的または恐ろしい出来事への、一回または複数回の曝露」であるトラウマ体験は、「このような出来事には、拷問、奴隷制、大虐殺、長期間にわたる家庭内暴力、反復的な小児期の性的または身体的虐待が含まれる」とされています。

 

乳幼児期の虐待や不適切な養育の特定的な病理が、「愛着障害」あるいは「複雑性PTSD」であるため、虐待が発生した時の併存障害として「心的外傷後ストレス障害」に注目する必要があるのです。

 

「極度に脅威的または恐ろしい出来事への、一回または複数回の曝露」がトラウマ体験となり、トラウマ反応を引き起こした状態が「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と「複雑性PTSD」です。

 

「PTSD」と「複雑性PTSD」は、以下のように定義されています。

 

  1. 心的外傷となった出来事の再体験。生々しい侵入的な記憶やフラッシュバックや悪夢の形で起こる。再体験には恐怖や戦慄などの強く圧倒的な情動や、強い身体的な感覚を伴う。
  2. 心的外傷となった出来事に関連する思考や記憶の回避、体験を連想させる、活動や状況や人々を回避する。
  3. 現在でも脅威が存在しているかのような持続的な感覚。例えば、過剰な軽快や予期せぬ雑音などに対する驚愕反応の亢進。
  4. 感情コントロールの問題。(怒りや暴力の爆発、危険行為や自傷行為など)
  5. 自分は取るに足らない、打ち負かされた、または価値がないという持続的な思い込み。これはトラウマ的な出来事に対する、恥、罪責、挫折の感覚を伴う。(例:持続的な空虚感、無力感や無価値感)
  6. 人間関係を維持することや人と親密であると感じることの困難。(例:不信感、孤立、引きこもり、パラノイア、などパーソナリティの変化)

 

上記の①②③が「PTSD」の主症状であり、①再体験症状(侵入的記憶想起;フラッシュ・バックや悪夢)、②回避麻痺症状(慢性の不安抑うつ状態)、③覚醒亢進症状(過覚醒、苛立たしさや怒りの爆発)、として知られています。

 

この「PTSD」の症状に加えて、④感情調節障害、⑤否定的自己像、⑥対人関係の障害という3つの「自己組織化の障害」によって、「個人生活、家庭生活、社会生活、学業、職業あるいは他の領域において、機能障害をもたらす」ものが「複雑性PTSD」です。

つまり「複雑性PTSD」は、「PTSD」+「自己組織化の障害」であると理解することができますよね。

 

「PTSD」の「再体験症状(侵入的記憶想起)」は、フラッシュバックと呼ばれていることは、みなさんもご存じですよね。

 

フラッシュバックは、日常用語にもなっており、しばしば患者が「○○がフラッシュバックしてきました」と話すことがある。

しかし、それは本当にフラッシュバックなのかどうかわからない。過去の嫌な体験を思い出したというレベルなのか、次に記すように「ありあり」と「はっきり」と映像のように思い出したのかを確かめる必要がある。

青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』医学書院

 

《「過去のことを思い出して後悔する」「悪い方に否定的に考える」ことと、「つらいことを思い出す」ことは似ているように見えて、いくらか異なっている場合がある》(前掲書)と説明されているます。また、フラッシュバックが起きたときには解離状態になることがあります。

 

杉山は、ASD(自閉スペクトラム症)におけるフラッシュバックを、「タイム・スリップ」と呼んでいる。彼らは、過去に起きたことを、あたかも現在の現象であるかのごとくふるまい、想起内容に対して著しく距離が取れない。これらの現象は、青年期になって自我ができてくると生じるのだとしている。

また、森口奈緒美は、断片的に過去の世界に行ってしまうタイム・スリップ現象の他に、芋蔓式に想起されるタイプがあることを指摘しており、それを「タイム・ストラップ」と呼んでいる。

内海『自閉症スペクトラムの精神病理−−星をつぐ人たちのために』医学書院

 

ASD(自閉症スペクトラム)の要素がある人では、「断片的に過去の世界に行ってしまう」タイム・スリップや芋蔓式の記憶想起(タイム・ストラップ)が起きたときには、表情がなくなりボーッと固まってしまう凍りつき(フリーズ)に似たプチ解離や、パニック(混乱状態)がよくみられます。

またタイム・スリップやタイム・ストラップは、日常の記憶の一場面の想起であることが多く、トラウマの一場面をありありとはっきり思い出されてしまうフラッシュバックと異なるようです。タイム・スリップやタイム・ストラップでは、楽しい記憶も想起されるようで、これは自閉症スペクトラムなどの発達障害特有の「ファンタジーへの没入」の一つの形態なのかもしれません。

 

出来事が大きいか小さいかは別にして、当の本人が精神的に大きな苦痛や恐怖を感じれば、その出来事はトラウマとなり、トラウマ反応を起こす。

大切なのは、出来事の程度と「トラウマ(心の傷)」は必ずしも同じではないということである。大きな出来事でも「トラウマ(心の傷)」は小さいときもあるし、小さな出来事でも、「トラウマ(心の傷)」は大きいときもある。

出来事には、生命の危険を伴うものから、そこまでではないが本人にとっては危機的な出来事までいろいろある。

トラウマにも大きなものもあれば、比較的小さなものまでいろいろある。

トラウマ反応も診断基準を満たすものから、部分的にしか満たさないものまでいろいろある。

青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』医学書院

 

自閉症スペクトラムなどの発達障害の要素がある場合は、トラウマとなる出来事が起きてもその時点ではトラウマ反応(トラウマ関連症状)を引き起こさないものの、青年期に自己が目覚めたときに事後的に過去の出来事がトラウマ体験となることが知られています。(『自閉症スペクトラムの精神病理−−星をつぐ人たちのために』)

 

再体験症状(侵入的記憶想起;フラッシュ・バックや悪夢)は、脳が過覚醒となることで引き起こされます。

しかしながら、他の医療機関やカウンセリング・ルーム等で「複雑性PTSD」といわれた人たちには、過去のことを思い出す(タイム・ストラップ)はあっても、パニック(混乱)を伴うフラッシュバック(タイムスリップ)を認めることはほとんどありませんでした。

 

Julien Ford(ジュリエン・フォード)がレビューした実証研究から、トラウマを体験しておりDESNOS(註: 特定不能の極度ストレス障害)の診断基準を満たす人たちの集団の約半数はPTSDの診断基準を満たしていないことがわかりました。

彼の理論によれば、「DESNOSは、PTSDの複雑な亜型であり、PTSDと併存するが、PTSD自体とは異なるものである」とのことです。

アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房

 

覚醒亢進症状やフラッシュバックを欠き、慢性のうつ状態と「自己組織化の障害(感情調節障害、否定的自己像、対人関係の障害)」を認める「複雑性PTSD」に似た状態は、ASD(自閉症スペクトラム)などの発達障害ではないかと考えられることが多いのです。

 

ASD(自閉症スペクトラム)などの発達障害の要素がメインの場合、たとえば、成人してから幼少期の躾や小中学生の頃の交友関係について、「あれはトラウマ体験だったのではないか?」と捉えるなどの特徴があるため、トラウマ反応と発達障害を同時に認めることは、決して少なくないのです。

 

今回説明したような症状で困っていらっしゃる方、あるいは、通院中だけれども薬の効果を感じられないと思っていらっしゃる方は、こころの健康クリニック芝大門のメンタルヘルス外来に相談してくださいね。

 

院長

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME