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複雑性PTSDと解離

[2023.02.20]

複雑性心的外傷後ストレス障害(CPTSD)」は、通常の「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と比べて、日常生活や社会生活の支障がより大きく、診断カテゴリーを横断する併存疾患も多いといわれています。

 

とくに、複雑性PTSDは必ずしもPTSD症状を主訴としないとされています。

つまり、複雑性PTSDの患者さんが、フラッシュバックなどの「侵入的記憶想起(再体験症状)」を主訴として、医療機関を受診することは少ないということです。

一方でCPTSDの患者さんは、解離や物質使用障害、あるいは、感情調節の問題や抑うつなどの自己否定感、対人関係の構築維持の困難さなど、発達障害特性と共通する「自己組織化の障害」に悩み、受診するケースが多いといわれています。

 

トラウマ関連障害と精神科医療の困難

以下の5つの場合は、一般の精神科医療では受け入れが困難であると考えられることが多いようです。

 

  1. 治療経過の中で、あとから心的外傷体験が明らかにされた場合
  2. 患者はPTSDと主張するが、心的外傷体験が事実かどうかはっきりしない場合
  3. 裁判など司法と関わることが予想される場合
  4. 心的外傷体験以前の経過がはっきりしない場合
  5. 依存症や発達障害特性、パーソナリティの問題を含めて検討する必要がある場合

 

特に5番目の場合は、トラウマ関連疾患については過剰診断となる可能性があるだけでなく、加害・被害関係にある場合は受診患者の不利益となる場合もあります。

加えて、トラウマ関連障害と発達障害特性に共通する「解離症状」は、トラウマ体験の想起を困難とすることもあるため、主治医は客観的立場をとることが困難になることも示唆されています。

 

複雑性心的外傷後ストレス障害(CPTSD)と解離

2022年の後半、上記3番目の項目と関連して「複雑性心的外傷後ストレス障害(CPTSD)」や「発達性トラウマ障害(DTD)」を引き起こす幼少期のトラウマ体験と「第二次構造的解離(内在性解離)」の関係を考える機会が増えました。

 

心的外傷体験の既往のある人は、安定した日常生活を送るために、普段は日常生活に没頭し、離人や現実感消失によって感情が動かないように努めている。しかし、一旦外傷体験を思い出すと大きく混乱して激越状態に陥り、闘争-逃走反応や過覚醒状態が生じることが知られている。

これら二つの人格状態はそれぞれ、構造的解離理論では、「あたかも正常に見える人格部分(apparently normal part of personality:ANP)」と「情動的な人格部分(emotional part of personality:EP)」と呼ばれる。

ANPとEPはそれぞれが閉じられたシステムを形成しており、互いに急にスイッチすることが特徴である。

野間. 現代の解離症理解. 精神療法 47(1): 8-11, 2021.

 

トラウマを受傷すると、出来事とその体験にまつわる生々しい感情あるいは身体感覚や行動のまとまり(BASK要素と称するトラウマ素材)がパッケージ化され、冷凍保存されます。

これが「情動的な人格部分(EP)」です。

 

心はEPというパーツを区画化することで、「あたかも正常に見える人格部分(ANP)」を分離し、分離されたANPはトラウマの辛さを感じずに済み、日常生活に専念できます。

解離という防衛機制は、トラウマを受けた時点では生き延びるための有効な戦略だったわけです。

 

一つのANPと一つのEPからなる最も単純な人格分離の構造が、「第一次構造的解離」である。

日常生活の中で突然、過去のトラウマ体験がフラッシュバックする場合、通常はANPで生活していたところに急にEPが交代して現れると考える。

単純性心的外傷後ストレス障害(PTSD)がその代表である。

野間. 現代の解離症理解. 精神療法 47(1): 8-11, 2021.

 

オノ・ヴァンデア・ハートらの「構造的解離理論」では、ANPとEPのスイッチングによって過去のトラウマ体験の「フラッシュバック(侵入的記憶想起:再体験症状)」が起きると考えられています。

 

さらに解離は適応的であるために、その後も無意識に習慣化され、受傷のたびにANPからEPが分離されることを繰り返していきます。

 

幼少期に長時間にわたり慢性的に虐待を経験した場合には、解離構造がより複雑になる。

EPはまず、経験するEPとそれを観察するEPとに分離する。

さらに、さまざまな外傷体験に対応して、怒りの感情を持った攻撃的なEP、恐怖で凍りついたEP、母親にすがりつくEP、激しい痛みを体験して耐えているEPなどが、交代で現れる。

このように、一つのANPに対して複数のEPが交代で出現する解離が「第二次構造的解離」である。

複雑性PTSD、外傷に関連した境界性パーソナリティ障害がこれに当たる。

野間. 現代の解離症理解. 精神療法 47(1): 8-11, 2021.

 

限定された心の領域であるANPだけで日々の生活を送らなければならないため、次第にストレス耐性が低下します。

これに加えて、解離によって生じたEPでは体験が風化しないために、何年経っても「まるで今起きているかのように」感じ続けてしまうのです。

 

解離とトラウマ治療

トラウマ記憶と結びついたEPは心的活動から切り離され、トラウマ記憶と結びつかない心的活動からなるANPに分離することで、何とか日常生活を保とうとします。

しかし、ANPとEPのスイッチングが続くと、心的エネルギーと心的効率のバランスが次第に崩れて心的レベルが低下し、低次の活動傾向が解離症状として表面化することにつながるのです。

 

一般的な精神療法の原則は、共感と傾聴である。

ところが複雑性PTSDのように、重症のトラウマ体験を中核に持った症例の場合、傾聴型の受容的なカウンセリングは禁忌であると言ってよい。

傾聴、時間をかけた対応、枠が示されない対応、具体的な内容に欠ける抽象的なやりとり、このすべてが悪化を引き起こす。

なぜ禁忌なのか。

フラッシュバックの蓋が開いてしまい収集がつかなくなるからである。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

複雑性PTSDの治療は、「再体験症状(侵入的記憶想起:フラッシュバック)」への対処が治療の中心になります。

そんな中、時間をかけた傾聴型のカウンセリングはANPとEPの交代を容易にし、心的レベルの低下、解離症状としての低次の心的活動が常態化しやすくなってしまうのです。

 

つまり複雑性PTSDでは、ANPとEPの交代(解離性フラッシュバック)をどのように抑止していくか、そして、心的レベルの低下(自己組織化障害)をいかに防いでいくか、が治療の骨子となるのです。

 

院長

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