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発達性トラウマと発達性トラウマ障害の違い

[2024.03.25]

トラウマ関連障害の領域では、似たような名称が全く別の意味をもって使われるために、注意深く読む必要があります。

 

たとえば、ベッセル・ヴァン・デア・コークらが「精神疾患の診断・統計マニュアル」第四版に向けて提出した「他に特定不能の極度のストレス障害(DESNOS)」やジュディス・ハーマンらの「コンプレックスPTSDcomplex PTSD)」と、「国際疾病分類 第11版(ICD-11)」の「複雑性PTSD(complex PTSD)」は、似ていますが全く違う概念ですので区別が必要です。

 

さらに、ヴァン・デア・コークが2009年に「精神疾患の診断・統計マニュアル第五版(DSM-5)」に向けて起草・提出した概念(診断基準)である「発達性トラウマ障害」と、一般向けの書物でよく目にする「発達性トラウマ」との違いにも注意が必要です。

 

書物でみかける発達性トラウマとは?

たとえば「発達性トラウマ」については、以下のように説明されています。

 

発達性トラウマは生後三年間に起こると定義されており、それがショック・トラウマを含む心理的トラウマと発達性トラウマを区別する基準になっている。

しかし研究者や臨床家によっては、生後三年ではなく、人生の最初の四、五年であるとする者もいる。

およそトラウマ的であるとされる体験は、健全な発達を阻害する。たとえば、家庭内で深刻な虐待を体験した子どもは、健全な家庭環境に恵まれた子どもと比べて、脳が小さく、運動能力の発達が遅く、IQが低いと報告されている。五歳で重大なトラウマを体験した子どもは、発達に遅れをきたし、もっと幼い子どものように振る舞うだろう。

では、発達性トラウマを引き起こすのはどういう状況なのか。簡単に説明すると、「幼い頃悪いことが起こり、本来ならそこにいて助け船を出し世話をしてくれるはずの人がおらず、その状況を切り抜けるために手を貸してくれる人もいなかった」ということなのである。

ケイン、テレール『レジリエンスを育む』岩崎学術出版社

 

上記では、乳幼児期の孤立無援体験を「発達性トラウマ」と説明されています。

その内容は虐待や機能不全家庭が例にあげられ、出来事を指しつつも後遺症(不安定あるいは混乱した愛着パターン)まで射程にいれているようです。

しかし、明確な診断基準がないため、漠然とした概念のみにとどまっているようです。

 

一方「発達性トラウマ」と異なり、「発達性トラウマ障害」は、虐待や育児放棄を受けた子どもたちのトラウマ後遺症に適切な診断名を付与するために作られた診断名および診断基準(病態の特徴)を指します。

 

養育者による虐待あるいはネグレクトの状況で発生する児童期のトラウマの後遺症に関する研究が一貫して実証しているように、そうしたトラウマからは、情動調節、衝動の制御、注意と認知、解離、対人関係、自己スキーマ(自分はどのような人間かという知識の体系)と関係性スキーマ(対人関係にまつわる知識の体系)に関して、慢性的で深刻な問題が生じる。

トラウマ専用の適切な診断名が存在しないため、そのような児童は現在、平均で三〜八の併存障害の診断を同時に受けている。

(中略)

仮に治療を受けることがあれば、それは薬物療法や行動変容、暴露療法といった、たまたまそのとき流行の管理手法と宣伝されているものが施される。だが、効果があることは稀で、害のほうが大きいことがしばしばある。

(中略)

その診断名は、「発達性トラウマ障害」とすることに決まった。

私たちは自らの発見を整理しているうちに、一貫した特徴を見出した。

(1)調節不全の普遍的パターン、(2)注意と集中の問題、(3)自分や他者と仲良くやっていくことの困難だ。

これらの子供たちの気分と感情は一方の極端からもう一方の極端(癇癪やパニックから無関心や生気のなさ、解離)へと急速に変化した。気が動転したとき(つまり、たいていのとき)は、自分を落ち着かせることも、自分が何を感じているかを説明することもできなかった。

ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店

 

「発達性トラウマ障害」の出来事基準と、上記の「発達性トラウマ」の説明を比べてみると、何がどう違うのかがわかりやすいかもしれません。

 

A.曝露:児童または少年が児童期または少年期初期以降、最低一年にわたって、以下のような逆境的出来事を、複数または長期間、経験または目撃した場合。

A1.対人的な暴力の反復的で過酷な出来事の直接の体験または目撃、及び、

A2.主要な養育者の再三の変更、主要な養育者からの再三の分離、あるいは、過酷で執拗な情緒的虐待への曝露の結果としての、保護的養育の重大な妨害

ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店

 

「発達性トラウマ」は生後三歳まで(ある研究者は五歳まで)の孤立無援体験であり、乳児期のショックトラウマや「逆境的小児期体験(ACEs)」の影響を「トラウマスペクトラム障害」という漠然とした呼称で説明されることがあるようです。

 

発達性トラウマ障害の臨床像

一方、ヴァン・デア・コークの「発達性トラウマ障害」の出来事基準では、受傷時期が児童期または少年期(前思春期まで)の虐待と、育児放棄およびそれに付随する養育者の変更、とされています。

 

「発達性トラウマ障害」では、感情的・生理的調節不全、注意と行動の調節不全、自己の調節不全と対人関係の調節不全、および、心的外傷後スペクトラム症状(完全には満たさなくてもよい)が症状として記載されています。

 

マリアという15歳のラテン系アメリカ人少女も、トラウマセンターにやってきた。

里親や入所による治療プログラムの世話の下で育っている、アメリカの50万人以上の子供の一人だ。

マリアは肥満体で攻撃的だ。過去に性的・身体的・情緒的虐待を受けており、8歳以降、20か所以上の家庭外施設で暮らしてきた。

クリニックに来たときに届いた分厚いカルテの束には、彼女が極端な気分変動を見せる癇癪持ちであり、口を利かず、執念深く、衝動的で向こう見ずで、自傷傾向があると書かれていた。

本人は自分のことを「くず、役立たず、のけ者」だと言った。

(中略)

ヴァージニアは13歳の白人の少女で、生母から引き離されて養子になった。母親が薬物を濫用していたからだ。最初の義母が病気になって亡くなったあと、里親の家を転々とし、やがて再び養子に迎えられた。

ヴァージニアは、出会う男性を片端から誘惑し、さまざまな子守や一時的な養育者から性的虐待や身体的虐待を受けたという。自殺企図で13回緊急入院したあと、私たちの入所型治療プログラムに参加した。

職員によれば、彼女は孤立し、支配的で、激しやすく、なまめかしく、押しつけがましく、執念深く、自己陶酔的とのことだった。

本人は、自分は胸の悪くなるような人間で、死んだ方がましたと言った。

彼女のカルテには、双極性障害、間欠性爆発性障害、反応性愛着障害、注意欠如障害(ADD)多動型、反抗挑戦性障害、物質使用障害という診断が並んでいた。

だが、ヴァージニアとは本当は何者なのか。どのように手助けすれば、彼女に人生を楽しんでもらえるようになるのか。

ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店

 

「発達性トラウマ障害」の症状は上記の引用のように、感情や生理的機能の調節障害や解離、注意と集中の問題(行動障害)、そして否定的自己概念と対人関係の障害が目立つもので、PTSD症状ははっきりしません。

 

一般向けの「発達性トラウマ」の本を読んだ人が、「発達性トラウマ障害ではないか?」と自己診断されてこころの健康クリニック芝大門を受診されることがよくあります。

 

「発達性トラウマ障害ではないか?」と診断を希望される方は、いったん一般向けの「発達性トラウマ」の本の内容から離れて、「発達性トラウマ障害」の診断基準を満たすかどうかを考えてみてくださいね。(『心的外傷的出来事(トラウマ体験)の諸相』参照)

 

院長

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