メニュー

双極Ⅱ型障害と自閉スペクトラム特性

[2023.04.24]

かれこれ10年ほど前に、あるケース・カンファランスで、引きこもりの青年に対してどう診立ててどのような治療を行うか、というケースが提示されたことがあります。

 

「過剰適応後の適応障害が遷延しているのではないか」「遷延しているのは適応障害ではなくて、うつ病ではないか」「そもそも中学や高校の頃にも不登校の既往があるから、発達障害に伴う不適応に過ぎないのではないか」などなど、様々な意見が出されました。

 

ある先生が、「引きこもる前のアルバイトができていた時期を軽躁病相とみると、現在はうつ病相を呈している双極Ⅱ型障害と考えてもいいと思います。ですから、対人関係-社会リズム療法を導入するのが一番いいのではないでしょうか」との意見を出されました。

 

司会をしていた私は「それは過剰診断ではないか」と、あっけにとられました。

 

双極性障害と自閉スペクトラム特性(AS)の併存

基本的には、軽躁とうつの明確な気分変動が一定期間明確に確認できれば、AS(註:自閉スペクトラム特性)の存在が疑われてもBD(註:双極性障害)があるものとして対処すべきであろうし、気分の波がおさまっている状態と思われるにもかかわらず、社会的不適応や人間関係のトラブル、日常生活の滞りなどがいつまでも残るのであれば、ASの特性の有無について再検討するというのが著者の考えである。

鷲塚「ASと双極Ⅱ型障害」 in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

上記の引用にある、不適応や日常生活の滞りにともない「気持ちが晴れない=抑うつ状態」のように見えてしまうことが、双極性障害の過剰診断が増える一因なのかもしれません。

 

場合によっては、引きこもっていて気持ちが晴れない、やる気が起きないという、生物学的ではない“類うつ状態”に対して、さまざまな、そして複数の、抗うつ薬が投与され、当然のことながら効果が出ないことに対し、双極性障害の難治性うつ病相であると、牽強付会の診断が下されているケースもよく見かけます。

 

それは双極性障害なのか?

ごくごく標準的な治療を行っても経過が安定しないケースの一部に、本稿でとりあげる自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)の特性を併存していることが疑われる患者が含まれている。

これは双極性障害(Bipolar Disorder:BD)のうち双極Ⅰ型障害(BDⅠ)、双極Ⅱ型障害(BDⅡ)問わずに認められる。
またBDⅡの一部には、そもそもBDと診立てるのではなく、ADHDも含めた神経発達症(発達障害)が主診断であると考えられるものも存在する。

(中略)

ASDとBDは全く異なる診断概念であるにもかかわらず、特に横断面だけに注目した場合、観察される症候が類似してみえる場合がある。

(中略)

さらに、ASDもしくはAS特性を持つBDⅡ患者の治療にあたっては、ASの特性を踏まえての働きかけを行わないと、BDの経過は安定しないことが多い。

鷲塚「ASと双極Ⅱ型障害」 in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

双極性障害の背景にAS特性がある場合、AS特性(あるいはADH特性)が双極性障害と似てみえる場合を考慮すべきであると説明されています。

 

ちなみにASをベースにした双極性障害では、躁病相でも滑らかな共感性を欠き、妙なこだわりが一層目立つ。

定型発達の躁病相では、一方的な面はあるにしても、調子を合わせている限りでは気持ちが通じるが、ASの場合は自己中心性や固執性がますます高まり、自分の思い通りにならないと興奮しがちとなる。

(中略)

ASでは普段から自分の関心のあることには過度に熱中する傾向があり、睡眠欲求が減少することは珍しくないからである。

(中略)

ASDの場合、「社会的状況の読み取りの弱さは、場にふさわしくない行動や一方的な発話をもたらしやすく、これらは躁状態の抑制欠如や多弁と酷似する」、また、ADHDでは「多動や感情制御の困難は、躁状態における多動、行為心迫や易刺激性と酷似する」との指摘もあり、神経発達症とBDの鑑別は前述したように困難である場合も少なくない。

鷲塚「ASと双極Ⅱ型障害」 in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

双極性障害と自閉スペクトラム特性(AS)の鑑別点

双極性障害と自閉スペクトラム(AS)特性はさまざまな類似点がありますが、一番わかりやすい生物学的指標は「睡眠欲求の減少」ではないか、と個人的には考えています。

 

上記の解説にもありますが、自閉スペクトラム(AS)特性に伴う過集中によって、睡眠欲求は減少します。

 

しかし双極性障害にみられる躁状態と異なり、自閉スペクトラム(AS)特性の場合は「短時間の睡眠だけでよく休めたと感じる」爽快感を欠くことが特徴のようです。

 

一方、双極性障害の背景に自閉スペクトラム(AS)特性があるAS±BD例では、短時間睡眠が2〜3日経つと疲れが溜まってきて、「AS±BD例では、躁やうつという大きな病相の変化がくっきりと浮かび上がってこないことが稀ではなく、日内もしくは数日間の病相変化の方が目立つことが多い」と言われるように、急にやる気が失われて惰眠を貪るようになるのが特徴のようです。(引用は前掲論文)

 

睡眠時間については、典型的BDの場合、病相に一致(この場合、うつ状態では不眠ないし過眠となり、軽躁状態では睡眠欲求減少を呈することを指す)し、しかも一定期間同一の睡眠障害を呈する期間が観察されるが、AS±BD例では、ある事象に熱中して「寝なくても平気」な状態になるものの、その状態が一定期間(例えば1週間程度)続くことはなく、疲労が蓄積すれば過眠に転じる。

そのほか、典型的BDの患者は、気分が正常に復すると診察時間は短くなってくるが(このときに躁症状の兆しがないか治療者は注意が必要である)、AS±BD例は、話が冗長でなかなか診察が終わらないことをしばしば経験する。

鷲塚「ASと双極Ⅱ型障害」 in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

このように、「軽躁病エピソードや双極Ⅱ型障害の診断基準の曖昧さは以前から問題になっており、双極性障害と自閉スペクトラム(AS)特性に関しては、過剰診断あるいは過小診断の議論がいまだに続いているのです。

 

院長

※来週5月1日はブログはお休みです。次回は5月8日にエントリーしますのでお楽しみに♬

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME