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トラウマ関連障害の治療〜再体験症状(フラッシュバックと悪夢)

[2022.10.24]

アメリカ心理学協会(APA)のPTSD治療ガイドラインでは、認知行動療法(CBT)、認知処理療法(CPT)、認知療法(CT)、持続エクスポージャー療法(PE)などが、強く推奨される治療法として挙げられています。

 

また時に推奨される治療として、短期折衷療法(BEP)、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)、ナラティブ暴露療法(NET)が挙げられています。

 

一方、こころの健康クリニック芝大門の聴心記では、これらの治療についてほとんど触れていません。

 

なぜなら2つの理由があるからです。

まず一つ目は、少し長いですが、以下の引用をお読みください。

 

複雑性PTSDのクライエントに、標準的なトラウマ処理を実施すると、トラウマの蓋が開いてしまい収集がつかなくなるのである。
クライエントが泣きながら診察室から逃げ出す、あるいは途中でフリーズを起こしてしまい治療中断になる……。当然、次の予約はキャンセルになって治療は頓挫する。

(中略)

トラウマ処理が普及しない理由の第2は、それが大精神療法になってしまうことである。
最も有効性が高いことが確認されているトップダウン型処理の代表、トラウマに焦点化された認知行動療法の場合、90分から120分のセッションを8回から16回行うことが求められる。

さらに、大精神療法になることの普遍的な問題は、それが複雑性PTSDの本質に正面からぶつかることである。
圧倒的な対人不信のさなかにあるクライエントに2週間に1回、8回とか16回とかきちんと外来に来てもらうことが如何に困難なことか、トラウマ臨床を経験している治療者なら了解できるのではないだろうか。

(中略)

複雑性PTSDの場合、その治療は少しずつ、徐々に治療を行うことが必要になる。

この治療原則、タイトレーション(titration; Levine, 2010)という考え方は、最近トラウマ処理の中で認識されるようになって来た、つまり、重症であればあるほど、安全性を担保するため、必然的にそれは簡易型の処理技法になるのである。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

冒頭に挙げたエビデンスのある治療はすべて、1回90分〜120分の時間をかけた大精神療法にならざるを得ず、当然、保険診療の枠では行うことができないのです。

 

 時々、こころの健康クリニック芝大門にトラウマ関連障害の治療を申し込まれる人の中には、「カウンセリングはやっていますか?」と聞かれる方がいらっしゃいます。

この方たちがイメージされているカウンセリングとはどのようなものかわかりませんが、一般的な傾聴・受容型のカウンセリングはトラウマ関連障害の治療では禁忌とされています。

 

ところが複雑性PTSDのように、重症のトラウマ体験を中核に持った症例の場合、傾聴型の受容的なカウンセリングは禁忌であると言ってよい。傾聴、時間をかけた対応、枠が示されない対応、具体的な内容に欠ける抽象的なやりとり、このすべてが悪化を引き起こす。

なぜ禁忌なのか。フラッシュバックの蓋が開いてしまい収集がつかなくなるからである。

(中略)

なるべく短時間で、話をきちんと聞かないことが逆に治療的であり(!)、具体的な内容に徹することが重要である。

子ども、成人を問わず、1日のスケジュール、健康な生活、睡眠、食事、身体の調子など、健康に関する項目が最も大切で安全である。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

トラウマ関連障害の治療は、トラウマの心理療法に加えて、通常の支持的精神療法が最も安全で効果があると言われています。

 

環状島へようこそ】の著者である宮地先生は、「目新しいことではなく、良質の支持的精神療法であり、トラウマインフォームドケアとも言える」として、(1)安心安全な場の確保、(2)診断を早急に下さないこと、(3)トラウマ記憶から出てこられなくなった人に対しトラウマの外を一緒に眺めようとすること、の3つを挙げられています。(『複雑性PTSDと統合失調症様症状』参照)

 

他の医療機関やカウンセリング施設で、「複雑性PTSDと言われた」「愛着障害と診断された」「トラウマがあると言われた」などの理由で、こころの健康クリニック芝大門にトラウマ関連障害の治療を申し込まれる方の中には、「どのような症状でお困りなのですか?」とお聞きしても、症状を答えることが難しい方が半数以上いらっしゃいます。

実際、このような人たちが「PTSD」「複雑性PTSD」あるいは「発達性トラウマ障害」「DESNOS(極度ストレス障害)」の診断を満たすことはなく、「神経発達症(発達障害)」特性にともなうタイムスリップや思いこみ、対人関係の困難など、「自己組織化の障害(DSO)」症状をトラウマ関連障害と誤診されているケースがほとんどでした。

 

一方、気分の不安定さや、過呼吸やパニック発作、動悸などの身体症状に対して、難治性うつ病(気分変調症)や双極性障害、パニック障害、などと診断されている方の中に、こころの健康クリニック芝大門で「PTSD」「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」「DESNOS(極度ストレス障害)」と診断する人もいらっしゃいます。

 

「発達性トラウマ障害」や「DESNOS(極度ストレス障害)」は、不全型の複雑性PTSD、愛着の問題による発達障害(神経発達症)が重なり、診断カテゴリーを横断する病像を呈しますよね。

他の医療機関でトラウマ関連障害と診断されていなくても、こころの健康クリニック芝大門はトラウマ関連障害の治療を専門に行っていますから、トラウマ関連障害と診断することもあるのです。

 

トラウマ関連障害の治療方針は、「再体験症状」「回避症状」「過覚醒症状(驚愕・警戒反応)」のPTSD症状と、「情動制御困難(感情調節不全)」「否定的自己概念(ネガティブな自己概念)」「対人関係の障害」の「自己組織化の障害(DSO)」について、まずこれらの6つの症状についての自己理解を進める心理教育を行っていきます。

 

ジャネは、解離を含む複雑性トラウマの治療として、次の3つの段階を挙げています。

 

◎Phase 1:安全性の確立、安定化、および症状の軽減

◎Phase 2:外傷記憶の治療

◎Phase 3:人格の再統合と回復

 

治療で最初に焦点を当てるのが「再体験症状」です。

 

解離症状は、苦痛を伴う体験をしたとき、こころのサーキットブレーカーが落ちてしまうかのように、意識を体から切り離す安全装置が働くことが基盤になっている。この解離によってトラウマの記憶はしばしば健忘を残す。

その一方で、このトラウマ記憶は、フラッシュバックという形で突然よみがえる。これは想起ではなく、強烈な再体験である。

杉山. 発達障害とトラウマ. そだちの科学(29); 8-17, 2017.

心的外傷とはのっぴきならぬ生存の危機に瀕したときの防衛反応が本態で、その反応が平時に誤作動的に起きる現象を指す。その反応とつながった過去の災厄の体験が「外傷体験」、その記憶が「外傷記憶」である。

(中略)

「こころの傷」は記憶の内に残ると述べたが、「心的外傷」も記憶の内に残る(外傷記憶)。しかし、こころの傷は一般に情緒をまとった意味記憶なのに対して、外傷記憶は意味記憶ではなく、危機場面で感覚した映像や音声がそっくりそのまま生々しく脳に焼きつく直感像的な記憶で、それがリアルに蘇るのがフラッシュバックである。

滝川. 心の傷と心的外傷. そだちの科学(29); 2-7, 2017.

 

「再体験症状(フラッシュバックや悪夢)」は、トラウマ体験に圧倒されずに日々の生活をこなしている日常の意識の中に、過去のトラウマ記憶が、“今”まさに生存の危機に瀕しているかのように流れこんでくる状態です。

 

「再体験症状(フラッシュバックや悪夢)」は、「危機場面で感覚した映像や音声がリアルに蘇る」状態ですが、イメージ(心像)を伴わない「再体験症状(フラッシュバック)」もあります。(『フラッシュバックの治療』参照)

フラッシュバックの治療

 

これらには、(1)理由なく突然湧いてくる感情のフラッシュバック、(2)過去に言われた声が聞こえる聴覚性フラッシュバック、(3)突然キレたり過去の場面を再演したりする行動のフラッシュバック、(4)原因不明の疼痛やパニック発作など身体症状のフラッシュバック、などが知られています。

 

これらの「再体験症状(フラッシュバックや悪夢)」に対しては、『複雑性PTSDと統合失調症様症状』で触れたように薬物療法が必須の治療法となります。

 

漢方薬は、神田橋條治によって見いだされた組み合せ(いわゆる神田橋処方)が、フラッシュバックの特効薬である。

桂枝加芍薬湯と四物湯の同時服用であるが、桂枝加芍薬湯は桂枝加竜骨牡蛎湯、あるいは小建中湯に、四物湯は十全大補湯に置き換えることができる

フラッシュバックに有効な漢方薬は、柴胡桂枝湯、女神散などがあり、前者はフラッシュバックに対する頓服として、後者は月経前症候群が強い場合に用いることができる。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

発達障害とトラウマ関連障害に対する薬物療法』に精神科薬物療法に対する私の考えを書いたことがありますから参照していただくとして、ここでの薬物療法は前出のジャネのいう段階的治療のうち「Phase 1:安全性の確立、安定化、および症状の軽減」に相当するのです。

発達障害とトラウマ関連障害に対する薬物療法

「PTSD」「複雑性PTSD」、あるいは、「発達性トラウマ障害」や「DESNOS(極度ストレス障害)」は、心身の防衛反応による《誤作動がさまざまな問題を派生する状態がPTSDで、「こころの傷」というような社会的・心理学的な現象というよりも、むしろ生物学的な現象という色彩が強い》ため、「PTSD」「複雑性PTSD」、「発達性トラウマ障害」や「DESNOS(極度ストレス障害)」などの「トラウマ関連障害」の治療の土台は、生物学的な現象に対する薬物療法が主になるのです。(引用箇所:滝川. 心の傷と心的外傷. そだちの科学(29); 2-7, 2017.)

 

発達障害およびトラウマが基盤にあると考えられる気分障害の症例において、抗うつ薬は躁転を引き起こすので禁忌、また抗不安薬も抑制を外すだけで行動化傾向を促進し、こちらも禁忌である。

向精神薬には、全般に非常に敏感な反応を示し、通常の使用量の数分の一、場合によっては数十分の一の量で著効を示す例が多い。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

上記引用のように、「トラウマ関連障害」の治療では抗うつ薬および抗不安薬は禁忌とされています。

 

複数の抗うつ薬と抗不安薬を服用されていて減薬を希望し受診申し込みをされた方に対して、「うちでは減薬できません。主治医の先生にご相談ください」とお伝えしたところ、門前払いされたとクチコミに悪評を書かれました。

こころの健康クリニック芝大門では減薬目的の受診はお受けしていませんが、唯一の例外が「トラウマ関連障害」です。

「トラウマ関連障害」の治療は、専門的な知識と薬物療法の経験が無いと難しいといわれます。

上記の引用にあるように、抗うつ薬や抗不安薬による悪化を改善することとごく少量の抗精神病薬への変更が「トラウマ関連障害」の治療になりますので、該当する方は治療を申し込んでくださいね。

 

院長

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