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失恋とPTSD

[2022.02.14]

アメリカ精神医学界の診断基準であるDSMも、世界保健機関のICDのどちらも、「通常のストレス反応を過剰に医療の対象としないように」と明言しています。

 

このことは「適応障害(ICD-11では適応反応症)」の臨床で、以前より指摘され続けてきました。

 

人が経験する通常の心的苦痛や反応を、適応障害として医療の対象とした場合、適応障害に対する抗うつ薬の効果が実証されていないにもかかわらず、抗うつ薬や抗不安薬が過剰処方されることにつながることへの懸念がある。

実際のところ米国では、適応障害の患者における抗うつ薬の処方割合の増加が他疾患に比べて最大であったという報告がある。

DSM-5を読み解く4』中山書店

しかしながら実際には(これは多分に想像であるが)、臨床的には安易に用いられ、心因性・反応性の軽いうつ状態や不安状態(本来は、適応障害ではない!)に対して過剰にあてはめられていたようであり、(適応障害の)診断上の問題点は、ストレスがなくなって半年経っても症状が改善しない状態に対して、本症の過剰診断・誤診断がなされやすいことである。

実際、わが国でも遅ればせながらこのような傾向がここ10年、生じているように思われる。

ICD-10精神科診断ガイドブック』中山書店

 

このように警鐘が鳴らされている中、依然として「適応障害」だけでなく「うつ病」もごみ箱診断化してしまった印象があります。

 

上記の引用が指摘するように「過剰診断・誤診断」がなされやすい理由の一つは、内因性・外因性・心因性(反応性)という疾患の診立てが行われず、症状カテゴリーだけでの診断が横行してしまった影響によるのではないか、と個人的には考えています。

 

さて、適応障害からトラウマ関連障害(PTSDや複雑性PTSD)に話を戻します。

 

「PTSDは心的外傷の体験によってPTSD症状が出現されている関係から、診断の是非について問われる場面が多い疾患であり、国際的に標準とされている手続きを踏んで診断することが求められる」とされています。(大江『トラウマの伝え方』誠信書房)

 

「それは虐待ですよ」と言われたとき』で、標準的な手続きを踏まない治療者の主観的診断が横行していることをぼやきました。

 

たとえば、心的外傷体験とは規定されていない失恋体験であっても、それに関係する場面を夢にみて目が覚める、関連する物事を避ける(2人の思い出が詰まった遊園地には行かないなど)、集中力が低下する、自身のせいであろうと自分を責める、似た背格好の人がいたら驚く等々の症状が出現することはあるだろう。

大江『トラウマの伝え方』誠信書房

 

診断カテゴリーにある症状のリストアップで考えると、上記の例にある夢に見て目が覚める(フラッシュバック)・関連する物事を避ける(回避)・似た背格好の人がいたら驚く(過覚醒)の症状がそろっていたら、PTSDと診断できるのではないか?と考える人や治療者も多いかも知れません。

 

実際の話、失恋や受験の失敗をトラウマ体験だったと豪語して憚らない有名な先生もいらっしゃいました。

でもよく考えてみると、失恋でPTSDって何か違和感を感じますよね?

 

たとえPTSDと同じような再体験・回避・過覚醒の3つの症状を呈したとしても、「危うく死ぬ、もしくは死ぬような生命の危機に瀕した体験」というトラウマ(心的外傷)という出来事基準は、「人生上多くの人が体験するストレッサー(死別、離婚、経済的困窮)とは質的に異なる体験」です。

 

ですから、「失恋は適応障害の診断で定められているストレス因(ストレッサー)に該当するので、記した状態では適応障害の診断が妥当となる」(前掲書)ということです。

 

第二は状況反応としての意味の再考である。

生活の中のさまざまな状況に応じてみられる精神症状を過剰に精神医学化しないという方針は、ICDの全体を通じて認められている。DSM-5でも、症状が強い苦痛や機能障害を引き起こしているというコメントを多くの疾患に服することによって同様の配慮がなされている。

例えば災害後、余震が続いている時期に震災を思い出したり、虐待の加害者である親と同居しているときに被害を思い出すのは自然な事である。

断続的に入眠と覚醒を繰り返すことは、余震や再被害の生じる状況を考えると適応的な反応である。

これらの訴えを表面的に捉えて医学的な症状とみなし、診断を下すことはできない。

金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌123: 676-683, 2021.

 

状況反応としての意味を考える場合、「個人的素質あるいは脆弱性は(中略)適応障害の発症の危険性と症状の形成に大きな役割を演じている」と言われています。そのため状況や文脈の意味から、その反応は適応的か非適応的なのかを考慮する必要があります。(『ICD-10精神科診断ガイドブック』中山書店)

 

適応障害は「ストレスの消失後あるいはストレスが持続していても新しい適応水準に達したときには症状が消失する」とされています。

ですから治療の方針としては、ストレッサーの除去、つまり環境調整がメインになり、同時に新たな適応の仕方(コーピングスキル)を身につけていくことが必要になります。

 

一方PTSDや複雑性PTSDなど「トラウマ関連障害群」では、心身を巻き込んだ非適応的な反応が起き続けている状態です。

そのため、まずフラッシュバックの治療を行い、フラッシュバックによって引き起こされる回避や過覚醒などの身体反応を軽減し、それから感情調節・否定的自己概念・対人関係に焦点を当てた治療を進めていく必要があるのです。

 

院長

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