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歩く男Ⅰ

[2020.07.17]

私が初めてジャコメッティの「歩く男」を見たのは、確か中学2年のときだったと思います。

 

実物ではなく、美術の資料集でその写真を目にしました。当時の私には、この「歩く男」が何故か物悲しく、孤独と苦悩を抱えているように見えました。そしてこの作品がずっと心に残っていました。

 

数年前、偶然雑誌でジャコメッティ展が開催されることを知り、私はあの「歩く男」の実物を見たいと思いました。あまりにその気持ちが強すぎて、一度は開催前に行ってしまったほどです。ようやく二度目で本物の「歩く男」に出会うことができました。

 

約20年越しの対面はとても感動的なものでした。まず驚いたことは、その大きさです。私は小さな写真でしか見たことがなかったので、高さが183㎝もあるとは想像もしていませんでした。そしてその等身大の彼は、あの時とは違った雰囲気をまとって立っていました。

 

一切の無駄をそぎ落としたかのような細い身体、そしてその身体に不釣り合いな大きな手足。ほの暗い会場の中で柔らかな光を浴びた姿。それが、最初に見てから20年後の私には、人としての孤独や苦悩を抱えつつも、ただ前だけを真っすぐ見つめ、光に向かって力強く歩いているように見えたのです。

 

その時ちょうどグループ療法に参加していた私は、その姿がまるで、回復への道を歩み進める私たちのように見えました。その時の私には、「強さ」と「希望」の象徴のように感じたのでした。

 

では同じ作品でも、なぜこんな風に見え方が違ったのでしょうか。

資料集の中の写真と実物という違いや、私の年齢といった違いはもちろんあるでしょう。しかし、それ以上に見え方に影響を及ぼしたのは、私の心の状態ではないでしょうか。

 

当時の私はいわゆる優等生タイプで、放課後は習い事で忙しかったためにその学校では珍しく部活動にも入っていませんでした。テレビや雑誌もあまり見なかったので、流行りの歌やタレントなどの話にもついていけず、周囲との違いを感じていました。

当時の私は、そんな自分の心情をあの「歩く男」に投影し、”物悲しく、孤独や苦悩を抱えている”ように見えたのかもしれません。その感想を読んだ美術の先生が、「そうか、君にはそう見えるのか…。」と一言仰ったことを覚えています。

 

そして今の私には、この「歩く男」はどう映るでしょうか。久々に、その時購入した「歩く男」の写真がプリントされたはがきをを見てみました。紙面いっぱいに写された「歩く男」。

彼は今、真っすぐ前を見据え、目的も理由もなく、ただ無心でその一歩を踏み出している。今の私にはそんな風に見えました。

 

皆さんにはこの「歩く男」はどう見えますか?

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