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むちゃ食い・過食嘔吐が習慣化するメカニズム

[2019.03.18]

世間では当然のように思われている「摂食障害症状はストレスの表れ」という考え方については、2つの意味で注意が必要です。

 

1つは、ストレスがあったから、ストレスを感じたから、過食(むちゃ食い)や過食嘔吐で対処するしかない、と摂食障害症状が起きるのは当然、とする考えに結び付きやすいのです。

 

もう1つは、ストレッサー(ストレス因)となった出来事や他者に問題があるのであって、自分には問題がない、変わるべきは環境であり他者だ、と自己正当化してしまいます。
「親のせいで摂食障害になった」という考え方も同じですね。(『摂食障害の原因を考えてみる』を参照してくださいね)

この2つの考え方は、いずれも回復への動機を著しく下げてしまいかねないので、注意が必要なのです。

 

過食は即時の安堵感を与えてくれますし、他のあらゆる活動、思考、感情の代わりとなってくれるのです。

(中略)

感情は一時保留状態に置かれ、嘔吐でさえも、自分の身体との密接なかかわりを感じられる心地よいものとなります。

(中略)

過食—嘔吐の一連の行為が修了すると、短時間ですが、過食症の人はコントロールを取り戻したように感じます。しかし、すぐにこれらの感情は否定的なものへと移行し、この、苦痛で、衰弱、疲労の原因となる一連の行動が繰り返されるのです。

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

上記のリンジーさんの体験で、摂食障害行動、過食症症状が「クセや習慣」になったように感じてしまうプロセスが説明してありますよね。

過食や嘔吐は、感情を感じなくて済むようにするための方策なのです。

 

嗜癖の問題点は、外的なストレス状況に対して、ストレスの原因を分析した結果、合理的に選ばれたストレス回避の方策ではなく、主観的で手近なストレス軽減手段を選ぶことにある。

それを繰り返すことでさらにストレス耐性が低くなり、嗜癖行動への依存が益々大きくなるため、自己評価はますます低くなってしまう。

一方で、嗜癖行動を手放すことへの恐怖から、嗜癖であることを否認すると同時に、自分がこうあるべきという理想を高く掲げてしまう。

野間「摂食障害における嗜癖性の臨床的意義」精神科治療学 33(11): 1321-1325, 2018

 

過食症症状(むちゃ食い・過食嘔吐)の引き金は、ストレス状況やストレス因ではなく、「ストレス耐性の低さ(出来事に対する対処行動の稚拙さ)」や「感情耐性の低さ」に起因することが説明されていますよね。

そのために、出来事や思考(ストレッサー)に反応した心の揺れ動き(ストレス反応)に対して、「手近なストレス軽減手段」である「過食症症状(むちゃ食い・過食嘔吐)」を選んでしまうことが問題であると説明されています。

 

再びリンジーさんの体験に戻って考えてみましょう。

 

私はショックを受けました!
彼女(「bulimianorexia(多食拒食症)」の論文を書いたボスキン-ロダール博士)はコーネル大学にいて、私の住まいから五キロの場所でセラピーグループを開催していたのです!

(中略)

私の世界が突然変化したように思えました。

人々が人形を気に入ってくれたおかげで仕事が大転換したばかりでなく、例の多食拒食症についての論文が忘れられなくなったのです。

帰宅すると、一週間はひどく過食をして、それからボスキン-ロダール博士に電話をすると、すぐに来るようにと言われました。

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

リンジーさんが「一週間はひどく過食」をしたのはなぜだと思いますか?

「人々が人形を気に入ってくれた」「仕事が大転換した」「多食拒食症についての論文が忘れられなくなった」、これらの出来事は一般に言われるストレス因(ストレッサー)だったのでしょうか?

 

リンジーさんは、ボスキン-ロダール博士が自分と同じ大学でセラピーグループを開催している偶然に驚き、自分が作った人形が好評を得て、「世界が突然変化(好転)したように思え」たにも関わらず、「一週間はひどく過食」をしてしまったのです。

 

ここで思い出して欲しいのは、摂食障害症状の引き金になるのはHALT、つまり、「(hungry; 空腹感/happy; 幸福感/hurt; 傷ついた)」「(angry; 怒り/anxiety; 心配や気がかり)」「(lonely; 何もすることがない/孤独感)」「(tired; 気疲れ/疲労感)」であるということです。(『何が過食衝動・嘔吐衝動の引き金になるのか』参照)

 

リンジーさんの心の中では、「治るかもしれない!」という驚きを伴った喜び(happy:幸福感)と同時に、「本当に治るんだろうか?」という不安感(anxiety)が動いていることが見て取れますよね。

しかしリンジーさんはその心の動きに耐えられなかったのです。

心の動きをなだめ、鎮めるために「一週間」もの間の「ひどい過食」が必要だったのです!

 

このような「過食症状が一次的にひどくなる状態」は治療を始めた初期によくみられます。


「治りたい」と決心して自分と向き合い変化を起こそうとすると、変化の時には一時的に不安を感じます。その心の動きに耐えられずに過食の過食嘔吐の症状の波に呑み込まれてしまい、回復への動機が「熟考期」に戻りやすくなるのです。(Akoさんの『対人関係療法 嬉しい過食』、Tamikoさんの『【治療記録3】治療に対する不安と過食衝動』などを参照してみてくださいね)

 

「手近なストレス軽減手段(気分解消行動)」である「過食症症状(むちゃ食い・過食嘔吐)」は、自己制御障害としての「性急自動衝動性の亢進(状況判断なしにすぐに行動してしまう)」である過食衝動と、摂食嗜癖行動の習慣性や反復性を後押しする「報酬感受性の亢進(早く報酬を得られるならば少なくてもかまわない)」が関与しています。

これらの「衝動性」あるいは「強迫性」が「神経性過食症(過食嘔吐)」と「過食性障害(むちゃ食い症)」の根本の問題であるようです。
そしてこの「衝動性と強迫性」によって「嗜癖(クセになる)」という病理が形成されるのです。

 

「衝動性と強迫性」という病態を有する過食(むちゃ食い)や過食嘔吐に対して、対人関係療法ではどのようにとり組んでいくのでしょうか?

 

対人関係療法はすでに他の治療様式の側面をそれぞれの違いを意識せずに利用できるよう取り入れている。(中略)対人関係療法が支持的あるいは精神力動的な治療よりも行動療法に類似する方法の1つである。
(中略)
対人関係療法の治療者は、患者が摂食障害症状を取り巻く悪影響をより認識するための方法としてセルフモニタリングを使用したいと考えるかもしれない。このようなアプローチは、すでに他の治療法において試されている。

Tanofsky-Kraff M. & Wilfkey DE., Interpersonal Psychotherapy for Bulimia Nervosa and Binge-Eating Disorders. in Grilo CM., & Mitchell JE. Edt., The Treatment of Eating Disorders. 1st ed. New York/London: 2010. Guilford Press; pp.271-293.

 

三田こころの健康クリニックで指導している「セルフモニタリング」にも触れられていますね。

「神経性過食症(過食嘔吐)」と「過食性障害(むちゃ食い症)」や、リンジーさんのような「過食をともなう排出性障害」の治療では、エビデンスのある治療法を型通りに行う(患者さんを治療法に当てはめる)のではなく、患者さんのパーソナリティ傾向や背景の病理(強迫性と衝動性、あるいは嗜癖性)に目を向け、患者さん一人ひとりに合わせて治療をアレンジすることが重要なのです。

 

その方法の一つが、自分自身との関係を改善し、行動の仕方を変えていくための土台となる「セルフモニタリング」です。

患者さんによって「セルフモニタリング」でフォーカスする対象は変わってきますが、「セルフモニタリング」により、摂食障害思考によって引き起こされた身体感覚(情動)や感情は反応であって実体はないということを理解し、「心の耐性を高めていく(心の動きを受け止められるようになる)」ことに取り組み、摂食障害思考の影響を減らし衝動性と強迫性を弱めていくことで、過食症から回復していくのです。

重要な他者とのコミュニケーションに焦点を当てる従来の対人関係療法で治らなかった人は、三田こころの健康クリニックに相談してみてくださいね。

 

院長

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