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適応障害の治療は抗うつ薬ではなく環境調整

[2021.01.12]

2度目の緊急事態宣言が発出され、在宅勤務の割合が増え、変化に戸惑っている方もいらっしゃると思います。

在宅勤務・テレワークでは生活環境と仕事の場が重なってしまうことが問題になりやすいですから、生活モードと仕事モードをいかに切り替えるか、が重要なポイントとなります。

 

昨年の緊急事態宣言からの自粛生活の中での在宅勤務では、通勤がなくなるため体を動かす機会が減り、生活リズムが夜型になりがちで、さらに仕事をしようと思っても気が乗らないし集中もできない、とおっしゃる方が増えました。

「調子が悪いなら診断書をもらって休職するように」と会社から言われた人もいらっしゃいました。

仕事のパフォーマンスが上がらないことが問題になっているのですが、仕事の量が多いとか仕事内容が難しいなどではなく、ましてや精神疾患でもなく、生活状況が切り替えられないことが問題でした。そのため「病気のために休職が必要である」旨の診断書は出しようがないケースが多かったのです。

 

北里大学の宮岡教授が日経メディカルに『「就職してから調⼦が悪い」で適応障害?』というエッセイを書かれていました。

エッセイの中で「「うつ状態をともなう適応障害だから、まず抗うつ薬を飲んでみましょう」と告げ、環境について詳しく尋ねないのは不適切な診断であり、不適切な治療である。(中略)不適切な診断や治療の広がりについて考えざるを得ない。精神医療は厳しい状況を迎えていると、改めて思う出来事だった」と、精神科医療のあり方を憂慮されていました。

 

このブログでも『「うつ病」と間違われやすい「適応障害」』というシリーズで、産業医として、あるいは主治医として経験した仮想ケースを解説してきましたよね。

 

職場での仕事や人間関係が引き金となって起こるうつ病・抑うつには、個人の側に体質レベル、あるいはパーソナリティレベルの準備因子(素因)を根底にもつものが少なくない。

適応障害にあたる本来の病態は反応性抑うつであると考えられる。しかし、それ以外に、神経症性抑うつ、または軽症の内因性うつ病が含まれていることが多い。

加藤: 職場のメンタルヘルスに見る内因性うつ病と非内因性抑うつの診分けと対応. 精神科治療学 27: 300-304. 2012.

 

上で引用した論文の著者である加藤先生は、「治療上必要なのは、内因性うつ病と非内因性抑うつ(神経症性抑うつ、反応性抑うつ)の診分けである」とおっしゃっています。(加藤: 職場のメンタルヘルスに見る内因性うつ病と非内因性抑うつの診分けと対応. 精神科治療学 27: 300-304. 2012.)

 

環境の変化や生活パターンの変化などのストレス因(ストレッサー)に対して、「ストレス反応」が起きます。ストレス反応は、環境や状況に順応・適応するための一過性の身心の反応なのですが、多くの場合、不快感を伴ったネガティブなものとして体験されます。

ストレス反応は、気分や感情の変化だけでなく、思考や行動あるいは睡眠や身体症状など、さまざまな影響がでます。これが「適応障害」と呼ばれる「反応性抑うつ」状態の本質です。

 

宮岡先生は、「非内因性抑うつ」のうち「反応性抑うつ」である「適応障害」に対して、職場環境調整を行わずに(問診もせず)、「内因性うつ病」と同じように抗うつ薬を投与してしまう精神科医の、患者さんの人生へ思いを馳せる心の欠如を憂慮されているのかもしれません。

 

春日先生も「うつ病」と「(抑)うつ状態」の区別と治療の必要性の有無について触れられています。

 

(1) 反応性の抑うつ状態(多くは治療不要)
(2) 過酷なストレスによるうつ病(つまり一線を越えてしまった。治療も必要だし環境改善も必要)
(3) さほど過酷でないストレス下なのに生じたうつ病(治療が必要)
(4) パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態(治療というよりは自分の心とのつきあい方を学ぶべき)
(5) 他の精神疾患に由来する抑うつ状態(その精神疾患への治療が必要)

どれも「うつ」ではあるが重症度も治療法も大きく異なる患者さんです。そして医師によっては、どの患者さんにも一律に抗うつ薬を処方しているので(馬鹿ですね、明らかに)、ますます事態は見極めにくくなっています。

春日武彦『はじめての精神科』医学書院

 

職場での仕事関連の問題が背景となる「非内因性抑うつ」には、「適応障害」に該当する「反応性抑うつ」と「神経症性抑うつ」があります。(職場の対人関係ストレスについてはいつか触れます)

上記の引用で、厳密な意味での「適応障害」は、「(1)反応性の抑うつ状態(多くは治療不要)」とされているものに該当します。(「神経症性抑うつ」については後日触れます)

 

長時間勤務による反応性抑うつでは、その病態は過度の心身疲労状態に求められる。

疲労がたまり、休息の機会がない中、気力低下や集中力低下、疲労感、食欲不振、不安感、イライラ感、不眠等が出現する。

反応性抑うつは神経衰弱の発生機序に通じるものがあり、過重な仕事によって心身疲労が生じ、その中で仕事を続けることによって、さらに心身疲労が増すという悪循環の事態において、人は無力状態に置かれる。適応障碍の最たるものである。

職場連携が重要で、長時間勤務という態勢を是正してもらう必要があるので、担当医から会社に連絡し、産業医、ないし上司、人事担当者と話す必要がある。

加藤: 職場のメンタルヘルスに見る内因性うつ病と非内因性抑うつの診分けと対応. 精神科治療学 27: 300-304. 2012.

 

「神経衰弱」については、『適応障害と反応性うつ状態』で説明したことがありますよね。

 

職場での過重労働や長時間労働が誘因になって起きる適応不全には、「適応障害(反応性抑うつ)」と「疲弊うつ病」があります。これらは産業保健では「事例性」と呼ばれ、環境調整が必要不可欠なのです。

「疲弊うつ病」は上記の春日先生の本で、「2.過酷なストレスによるうつ病(つまり一線を越えてしまった。治療も必要だし環境改善も必要)」に該当します。

一方、「内因性うつ病」は、長年風雪に耐えつづけた建物が「最後の麦わら(さほど過酷でないストレス)」で崩壊してしまった状態で、3. さほど過酷でないストレス下なのに生じたうつ病(治療が必要)」に相当します。

 

「4.パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態(治療というよりは自分の心とのつきあい方を学ぶべき)」が「神経症性抑うつ」です。

これらと、「(1)反応性の抑うつ状態(多くは治療不要)」とされている「適応障害(反応性抑うつ)」とを明確に区別する(診分ける)ことが必要と、加藤先生はおっしゃっています。

 

宮岡教授は『早めの精神科受診でかえって休職期間が延びる?』というエッセイで、以下のように述べられていました。

 

最近は、適応障害と診断された患者であるにもかかわらず、初診時あるいは治療早期に「薬を飲んで、休養を取りましょう」とアドバイスする精神科医が少なくない。

(中略)

学校でも職域でも、「早期に精神科医にかかるとかえって休職者が増え、休職期間が長引く」とでもいうべき状況が起こっているのかもしれない。それは精神医療にとってあまりに悲しい。

宮岡『早めの精神科受診でかえって休職期間が延びる?』日経メディカル

 

「反応性抑うつ」である「適応障害」の治療は抗うつ薬ではなく、「職場との連携による環境調整が必要不可欠」です。
しかし、職場によっては環境調整がスムーズに進まない場合もあり、その間、患者さんは復職できずに待ちの状態になってしまいますよね。(『「社会的うつ」と産業医の復職判定』参照)

 

このブログの読者にも「適応障害」の診断で半年以上休職されている方もいらっしゃると思います。

主治医が職場と連絡を取らず、漫然と抗うつ薬が投与されているだけであれば、それは不適切な治療と言わざるを得ません。

 

こころの健康クリニック芝大門では、精神科産業医でもある院長と心療内科産業医の副院長が、職場との連携も含め、復職までのお手伝いをしています。

現在、休職中で精神科や心療内科などメンタルクリニックに通院中の方は、こころの健康クリニック芝大門のメンタルヘルス外来、あるいはリワーク(職場復帰支援)外来に相談してくださいね。

 

院長

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