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過食症からの回復と自分自身への優しさ

[2020.05.18]

過食症は、周囲の人たちには症状がわかりにくく、成人発症も多く、一人暮らしも多いため、受診の勧めを受けにくいことが受診者数の少なさに影響しているのではないか、と西園先生は推測されています。

 

また、過食や過食嘔吐には強い苦痛を自覚する人が多いものの、『これらは自分の意志では止められない「症状」であるにもかかわらず、「強い意志を持てば止められるはず」「これは病気でなく自分の弱さのせいだ」という自己責任論を当事者も持っていることが多い』とも述べられています。
(西園. 摂食障害患者の援助における医療機関と学校や地域との連携. 公衆衛生: 83(10), 738-743, 2019)

 

「強い意志を持てば止められるはず」「病気でなく自分の弱さ」などの思考は、「摂食障害思考」の自己批判の特徴ですよね。

このような自己批判の思考を、健康な部分のものなのか、摂食障害思考なのかを区別するには、どうすればいいのでしょうか?

 

ジェニーさんの治療者である臨床心理士のトム・ルートレッジさんは、こんな風に説明しています。

 

臨床心理士のトムがある日私に、「君の中のその小さな女の子のベビーシッターを、エドに安心して任せられるかい?ちょっとでも任せる気になるだろうか。エドについて君が知っていることを全部考え合わせてごらん」と聞いてきました。

(中略)

トムが続けて言いました。

「小さな女の子の世話をしていると考えてみよう。友だちの子どもを預かっているのでもいいかな。エドがその子の面倒を任されているとしたら、どう思う?」

「恐ろしいわ」と答えました。

「どうして恐ろしいの?」とトムが聞きます。

「だって、エドがその子にどんな言葉を浴びせかけるかがわかるもの。どんな調子でその子を傷つけて虐待するかがわかるわ。拒食させるか、大量の食べ物を詰めこむように言いつけるかのどちらかにきまっているもの」と私は答えました。

どんなことが起きるかは、私には火を見るよりも明らかでした。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

こころの健康クリニックでは、「①自分を責める」「②人と比べる」「③なぜ?どうして?と原因探しをする」の3つを、過食症や気分変調症などの病気特有の思考として教えていますよね。
(『摂食障害や気分変調症の「病気の3つの策略」』参照)

 

過食症や気分変調症の人は、自分を他者と比べるときに「自分はなんてダメな人間なんだ・・・」と自己批判に陥りやすくなります。

それだけでなく、原因探しをして堂々めぐりに陥って、結局のところ、「自分がダメだから」という結論を導き出してしまいます。

 

動機づけの文脈では、「今の自分はダメだ、もっとできるはず」と言い聞かせることで、自分を奮発させ、ますます努力して成し遂げる可能性もゼロではありません。

しかし多くの場合、「自分はダメだ」と自分を責めることで、恐れや悲しみ、あるいは諦めが引き起こされ、「自分にはできない」と行動を回避することにつながってしまいますよね。

 

過食症の対人関係による治療でセルフモニタリングに取り組み、少しずつ自分の中で起きている思考に気づくことができるようになり、その思考を信じるかどうかの選択ができるようになってくると、思考はたくさんの思考のうちの1つの思考に過ぎない、思考は現実ではないことが瞬間的にわかるようになり、思考に囚われることは減ってきます。

 

それまでの間は、自分が考えていること、たとえば、摂食障害思考の内容をそのまま、自分の仲のいい友人や、自分の大切な人に言うだろうか?と自分に問いかけてみてください。

あるいはジェニーさんのように、子どもやペットの心と身体の世話を任されたとしたら、どう接するだろう?と考えてみてくださいね。

 

大切な人や仲のいい友人、あるいは自分が世話を任された子どもやペットに接するような対応の仕方を自分自身にできるようになることが、摂食障害や気分変調症からの回復にもっとも必要な「自分に正直になり、自分を大切にすること(セルフ・コンパッション)」でもあるのです。

 

私も、まさに心理面接で習ったことを、どうにか日常生活の中に取り入れ始めていた時期だったのです。

エドから離れて立つようになって、本当の意味で自分のことを大切にするようになったのでした。

改めて自分自身を尊重して、自分の最善の利益のために気を配り始めていました。

そんなことができる日が来ようなどとは考えもしなかったことを、いろいろと体験していました。それが、とても不思議に感じられたのです。

(中略)

自分の中の隠れた子のことを大事に扱っていると、だんだん自分自身を思いやるというのがどういうことなのかがわかるようになってきます。

エドとの関係がいくらか後戻りして、エドに操作されてしまっても、自分を責めないでいられるようになります。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

こころの健康クリニックで行っている対人関係療法による治療では、自分と他者の行動と心理状態を関連させて理解するメンタライジング能力を高めることを目標にしています。

 

メンタライジング能力は、闘争−逃走反応(闘うか逃げるか反応)のスイッチが入った過覚醒状態、つまり、何らかの苦痛(不安,恐怖,悲しみ,身体的苦痛など)を体験し、愛着対象との交流に安心と慰めを求める行動(愛着システム)が活性化すると、低下してしまうことも知られています。

 

このようなときに、自分の心理状態を他者にメンタライズしてもらうことでメンタライジング能力は発達しますし、また、そのような対応が愛着を安定型にするあり方だということもよく知られています。

 

このように、自分の行動や心理状態が相手の心理状態に与えている影響を的確に認識することは、過食症や気分変調症の対人関係療法による治療を行う上で非常に重要なのです。

 

院長

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