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複雑性PTSDの診断と治療の難しさ

[2021.06.07]

福井大学・子どものこころ発達研究センターの杉山先生は、「発達障害にしても(発達性トラウマ障害の最終形としての)複雑性PTSDにしても、その存在に気づかなければ、容易に[統合失調症の]診断基準を満たしてしまう症例が存在することは疑いない」と述べられています。(杉山. 統合失調症と発達障害と複雑性PTSD. そだちの科学 (36), 2-10, 2021)

 

続けて「発達障害とトラウマが掛け算になった症例は、もっとも難治性である。ひとたびトラウマの影響を受ければ、症状としては「何でもあり」になる(前掲論文)と述べられ、トラウマの存在下では、DSMやICDなどの従来の症候学的診断が意味をなさなくなることを示唆されています。(『複雑性PTSDの症状とさまざまな疾患』参照)

 

ここで指摘されている「発達障害とトラウマが掛け算になった症例」は、「発達性トラウマ障害」と、その最終形としての「複雑性PTSD」のことです。

 

「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」が複雑な症状を示すのは、療育者との間の対人関係トラウマによって神経心理学的な発達に不可欠な「愛着(アタッチメント)」の発達が阻害されるからに他なりません。

 

複雑性PTSDは、児童期早期における、反復性の、あるいは遷延してみられる対人的なトラウマに引き続き起きる。

原因となる複雑性トラウマは、①逃げることのできない場所における監禁、②繰り返されるいじめや、③心理的虐待、性的虐待、身体的虐待、ネグレクト、夫婦間暴力の目撃などのさまざまな形の児童虐待、などが含まれる。

重要なのはトラウマの種類そのものよりも、対人関係の中で慢性反復的に起こり、極度の恐怖に長時間曝露されることである。

(中略)

6歳以下の子どもの場合、養育者のトラウマが子どものPTSDを惹起する可能性がある。元々子どもが養育者に安心感を得られにくい関係性であった場合、PTSD発症のリスク要因となりうる。

細金・齋藤「児童の複雑性PTSDへの対応」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

上記の引用で触れられているように、「アタッチメント関連トラウマ(発達性トラウマ障害)」や「複雑性PTSD」は、養育環境の影響を受けるだけでなく、世代間伝達することが知られています。

 

自閉症スペクトラム障害(発達障害)や統合失調症も双極性障害も、遺伝子的に重なりあう複数のさまざまな単ゲノムレベルの異常や重複が確認されており、一つの遺伝子的な問題から複数の症状が多岐に分かれて認められることも、複数の遺伝子的な問題が一つの症状を示すこともともに認められる。

さらにそこにはエピジェネティックスの影響も認められ、環境因の大きな影響があり、発達的に感受性が高い状況において何が起きたのかによって、さまざまな臨床像に展開していく。

杉山. 統合失調症と発達障害と複雑性PTSD. そだちの科学 (36), 2-10, 2021.

 

従来診断で精神病水準と呼ばれていた統合失調症や双極性障害、あるいは自閉症スペクトラム障害(発達障害)は遺伝子レベルの異常です。

 

遺伝子レベルの異常がなくても、環境要因の影響で神経心理学的な発達が阻害されると、「トラウマによる発達障害(発達性トラウマ障害)」のように、うつ病や気分変調症、双極性障害、境界性パーソナリティ障害、解離性障害、自閉症スペクトラム障害(発達障害)、統合失調症など、さまざまな診断にあてはまる症状を呈する「何でもあり」の状態になるということです。

 

複雑性PTSDが精神科医から統合失調症と診断を受けている場合には二つのパターンがあり、一つは解離性同一性障害の症例がその幻聴のゆえに単純に統合失調症と診断されたものである。(中略)もう一つは自閉スペクトラム症の基盤のうえに激しい子ども虐待がかけ算になっていて、難治性で複合的で多彩な臨床像が現れ、それによって統合失調症と診断を受けている場合である。

この後者の場合は、症例によっては、幻聴はないとか、あっても非常に短時間とか、被害念慮はあっても妄想ではないとか、困ったことに、DSMの統合失調症の診断基準すら満たさないのに、大量の抗精神病薬の継続的な処方がなされていることも多い。

杉山. 統合失調症と発達障害と複雑性PTSD. そだちの科学(36), 2-10, 2021.

 

ここで触れられているように、統合失調症と解離性障害、自閉症スペクトラム障害(発達障害)の鑑別は、以前より問題となっていました。

 

幻聴や幻声が、統合失調症に特徴的な会話調であるのか、解離性障害や発達障害でもみられる名前を呼ばれたり叫び声のような声を知覚するような幻声であるのか、を丹念に問診する必要があります。

また統合失調症に特徴的な世界没落体験をともなう妄想と、解離性障害や発達障害でもみられる被害念慮(被害妄想あるいは関係念慮)の鑑別(世界観を詳しく聴くこと)も必要になります。

 

多くの精神科の先生方は、統合失調症、双極性障害、うつ病、適応障害の4つの診断名しかご存じないのではないか、と思うことがよくあります。

仕事のストレスがあると言えば適応障害、仕事が辛いと訴えればうつ病、買い物による浪費やワーカホリックの傾向があれば双極性障害、人の視線が気になれば統合失調症。。。

このようなシロウト診断で、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬の大量処方が行われている現状を頻繁に目にします。

 

こころの健康クリニック芝大門で専門的に治療している過食症や、複雑性PTSDなどのトラウマ関連障害も、うつ病や双極性障害と診断されていらっしゃる方がほとんどです。

また、他の医療機関からこころの健康クリニック芝大門のリワークにいらっしゃる患者さんは、もれなくうつ病か適応障害のどちらかの診断が付いていて、最大量の抗うつ薬が処方がされています。

 

複雑性PTSDに対する治療は、当然ではあるが統合失調症とは著しく異なり、(中略)薬物療法においてもごく少量処方と漢方薬と簡易型トラウマ処理を実施すれば、一般的な外来の診療でも治療が可能である。

杉山. 統合失調症と発達障害と複雑性PTSD. そだちの科学(36), 2-10, 2021.

 

こころの健康クリニック芝大門に通院中の自閉症スペクトラム障害(発達障害)やトラウマ関連障害の方はご存じと思いますが、まず漢方薬か少量の睡眠薬、あるいはごく少量の抗精神病薬によって身心の状態を安定させることから治療を始めていますよね。

そして、一般的な精神科クリニックよりも長い時間を取って精神療法を行っていますし、トラウマの治療の場合はボディーワークやイメージワークも使って治療をしていますよね。

 

このような丁寧な診療が必要な患者さんが多くいらっしゃっているので、こころの健康クリニック芝大門は完全予約制にしています。

そのため、今日すぐに診て欲しいとか、いますぐ何とかして欲しい、眠れる薬が欲しいだけ、今日診断書が欲しい、などの申し込みには対応が難しいのです。申し訳ありません。

 

院長

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