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自己欺瞞を克服して摂食障害から回復する

[2018.05.21]

事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」は「踊る大捜査線」での青島刑事の有名なセリフですよね。

世代の違いのためか、最近の若い患者さんの中には「踊る大捜査線」をご存じない方もちらほらいらっしゃいます。

 

摂食障害の治療の中で、治療者が根気強く提供し続ける「過食という行動を取らずに日々の生きづらさに対処する方法を学ぶ機会」は、面接室の中ではなく、日々の生活の中にあるのです。

 

以前は他者を上手に頼る能力を発揮していた人が、アディクションを発症することで能力を失っていったのではない。もともと他者に適切に頼れなかったからこそ、アディクションを発症したのである。

だからアディクトは脳梗塞の患者と異なり、発症前の状態にリハビリによって「回復」するのではない。

発症前にはいまだ十分に獲得しておらず、アディクションによってさらに遠回りしてしまった対人信頼能力を新たに獲得すること、つまり「成長」を目標にするべきなのである。

この目標が達成された状態では、必然的にアディクションの行動は本人にとってもはや必要ないものになっている。必要ないからこそ、長く安定して止め続けることができるのだ。

小林『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』日本評論社

 

摂食障害からの回復は、リハビリと言うよりも、止まってしまっていた発達段階から成長し、新たな生き方を手に入れていく「自律・自立のプロセス」と捉えた方が良さそうです。

対人関係療法による「過食症(過食嘔吐)」「過食性障害(むちゃ食い症)」の治療でも同じように説明しますよね。

 

食べたいという願望のきっかけになるのが何なのかを知ることができれば、こういった問題にもっと直接取り組むことができるようになるでしょう。

自分の反応や気持ちをはっきりつかみ、コントロールし、表現することを学べば、自分を落ち着かせたり、慰めたりするために、食べ物に走らないですむようになります。

食べ物で自分を麻痺させるのではなく、自分の気持ちに注意してはっきりつかめるようになる、つまり自分自身との関係を改善し、他人との関係を改善できれば、ネガティブな気持ちをコントロールするために食べ物を利用しなくてすむようになるでしょう。

ウィルフリィ『グループ対人関係療法——うつ病と摂食障害を中心に』創元社

 

「ネガティブな気持ちをコントロールするために食べ物を利用しなくてすむようになる」ために『摂食障害から回復するための治療関係』で引用した「自己欺瞞(周囲の人々と自分への二重のウソ)」に対して、治療者が回避を適切にブロックする必要があるのです。

摂食障害から回復するための8つの秘訣』の「秘訣6 自分の行動を変えるということ」が回避のブロックに相当しますよね。

 

摂食障害については、専門家の間でもその理解、対応の仕方が一致しておらず、その差はしばしば歩み寄れないくらい大きいものとなっている、と述べてきました。その中でも、摂食障害の精神病理の深刻さをどれだけ認識しているかについての不一致は、特に顕著なもののように思われます。

摂食障害の患者さんの心理面には概して容易ならぬ病理があり、それにしっかりと対処する治療を行わなければ実質的な改善は望めないと、筆者は考えています。

(中略)

しかしながら、摂食障害患者の心理面を扱うと言っても、簡単なことではありません。
患者さんは回避、否認、虚言などあらゆる手段を使って、正直な心を扱われることに抵抗します。

筆者は摂食障害の病態を、心の問題を身体面や行動面に徹底的に回避している状態だと考えており、この治療はそれに対する強力な介入なのです。そのような回避を適切にブロックすることで、患者さんは心の問題に向き合わざるをえないようになります。

そして、人生においてはじめて自分の心に向き合うようになった患者さんの、心の成長の過程にとことん付き合います。

瀧井「摂食障害の精神病理に真摯に向き合うことの重要性」 in日本摂食障害学会ニュースレター No.22

 

「秘訣6 自分の行動を変えるということ」に取り組むには、自分の心と向き合う必要があります。自分の心と向き合うときに通るべき必要なプロセスが、『8つの秘訣』p.24〜29にある「行動変容を動機づける5段階」への取り組みです。

 

心の準備状態の「熟考期」から「準備期」へのステップ・アップに取り組むときに、今の状態を続けた場合と変化させた場合でのメリット(見返り)とデメリット(代償)をはっきりと自覚し、変化を妨げているものを見据え、その解決策を模索していきますよね。

 

この症例をみてもわかるであろうが、アディクションの治療の第一歩は、まずアルコールや薬物の使用やさまざまな衝動行為の背景にある一人ひとりのアディクト固有の感情に気づいてもらうことである。

それができて初めて、アディクションの治療は第二段階に進むことが可能になる。

つまり、これからも人を頼らずアディクションに頼って感情に蓋をし続けるのか、それともさまざまな他者に頼って感情を表出する練習へと一歩踏み出し、信頼障害を克服する旅に出るのか、アディクト本人に迷ってもらう段階である。

小林『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』日本評論社

 

「一人ひとりの固有の感情に気づいてもらう」取り組みを続ける中で、摂食障害の発症前には十分に身に付いていなかった「対人信頼能力」、あるいは過剰に適応していた〔対人恐怖的回避型アタッチメント・スタイル(防衛機制としての遠ざかり)〕を手放し、摂食障害という気分解消行動を使わずに自分自身への思いやり(セルフ・コンパッション)と、ほどよい対人関係による安心(自分自身への信頼感と他者への信頼感)を培っていくプロセスになるわけです。

 

院長

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