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自分と他者の心理状態を理解する摂食障害の治療

[2020.02.10]

日本摂食障害学会のニュースレターで「他の精神疾患のように画一的な薬物療法が奏効しない摂食障害において、エビデンスには落としきれないナラティブな要素の重要性は、今後も失われることはない」との感想を水原先生が書かれていました。

 

たしかに拒食症や過食症などの摂食障害が薬物療法で治ったという話は聞いたことがありません。

イギリスのNICEガイドラインでは、「薬物療法は過食症性障害の唯一の治療法として実施してはならない」と明記されています。

しかしながら、過食や過食嘔吐を直したいと精神科病院やメンタルクリニックを受診すると、まず間違いなく抗うつ薬や抗不安薬、場合によっては抗てんかん薬(気分安定薬)や抗精神病薬などが処方されます。

 

こころの健康クリニックに転院してこられた過食性障害(むちゃ食い症)の大学生の患者さんは、抗てんかん薬(気分安定薬)バルプロ酸600mgと、統合失調症の治療に使われる抗精神病薬のペロスピロン24mgが投与されていました。

 

過食衝動や他者の表情や言葉の内容を自分への批判かもしれないと誤って理解する認知機能障害に対して、抗てんかん薬(気分安定薬)や抗精神病薬が役に立つかもしれないとその精神科医は考えたのかもしれません。 

しかし残念ながら、その先生は過食や過食嘔吐の精神病理だけでなく、若い女性に対するバルプロ酸の悪影響もご存じなかったのか…考えざるを得ません。

実際、こころの健康クリニックで対人関係療法と並行して減薬治療を開始したところ、この患者さんはすごく元気になって、過食衝動も減ってきました。

 

エドは逆フィルターです。きれいにするというより、むしろ汚すのです。

言葉に関しても、わざと意味を違わせるのです。文章がエドの耳に入ると、不純物を混ぜた形で、エドの口から出てくるのです。

(中略)

どんな言葉の組み合わせでも、エドの耳から入れば、濁った汚い水のようになって出てくるのです。

回復への道をたどり始めて、やっとフィルターを完全に取り外せるようになりました。

今では、周りの人がかけてくれる言葉を、そのままの言葉で、そのままの意味で聞き取ることができます。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

過食や過食嘔吐などの摂食障害では、ジェニーさんが書いているように、「元気そうだね」「スタイルがいいね」「調子が良さそうだね」という言葉は、エドの影響で「君は大きな太ったブタだ」と歪んで解釈されてしまいます。

 

摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』で、ジョンストン先生はジェニーさんが体験したのと同じような説明をされています。

 

友達からの「有益な」批判の裏に敵意を感じたとしても、自分が敏感になりすぎているだけだと無視してしまいました。

夫が悩んでいたり心を閉ざしているように感じても、自分が魅力的でなくなったからだと自分に腹を立てました。

母親が操ろうとしたことに怒りを感じても、自分が過剰反応しすぎなだけと決め込みました。

そして、感情的な苦痛を食べ物のことを考えることで鎮めようとしたのです。

ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店

 

逆に、顔色の悪さや疲れやすさに対して周りの人たちが心配してかけてくれる「やせたね、大丈夫?」という言葉は、「すごくキレイになったね、これで人生の問題がすべて解決したよね」というふうに誤って理解されるだけでなく、その言葉の背景にある他者のこころの状態もまったく理解できなくなってしまうのです。

 

私は、自分が何かを話すときには、周りの人たちに自分の言葉を信じてもらいたいといつでも思ってきました。

そして、エドのフィルターを取り外したら、周りの人に対しても、同じように敬意を払って、彼らの話をそのまま信じられるようになりました。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

「エドのフィルターを取り外す」というたとえで、ジェニーさんは自分の言葉や相手の言葉を信じるというふうに書かれています。

 

こころの健康クリニックの対人関係療法では、「もし自分が相手に、自分が言われた言葉をかけるとしたら、どんな気持ちでその言葉を使いますか?」と、自分の心を通して他者のこころの状態を理解するように勧めていますよね。

 

摂食障害からの回復のために、ジェニーさんや『過食症:食べても食べても食べたくて』のリンジーさんが取り組んだ「自分に正直になること」は、行動の背景にある心理状態を想像し、その心理状態と関連させて行動を理解するという「メンタライジング(〜に心理的意味を付与する)」の取り組みなのです。

 

メンタライジングとは、自分と他者の心理状態、およびその相互作用に関連して、私たちが作り上げるナラティヴ(物語)です。

過食や過食嘔吐などの摂食障害では、他者との関係の中でかわされるコミュニケーションを誤って理解してしまうだけでなく、自分自身に対しても絶えず自己批判が繰り返されていますよね。

 

私の頭の中を飛び交うこうした自己批判は、すべてが完璧主義女史の声というわけではありません。もちろんエドも、調子を合わせて話に割り込んで来ます。(中略)女史からの批判に私がどう対処したらよいかについて、そのときどきで、両極端なことを私に提案してくるのです。徹底的な過食と嘔吐をしたらよいというときもあります。

(中略)

以前は、エドと完璧主義女史がチームになると、私は太刀打ちできませんでした。完璧主義女史が批判を始めると、エドがあたかも私を助けてくれるかのように会話に飛び込んできました。

(中略)

回復への道をたどり始める前は、急いでエドの手をつかんで、束の間だけ完璧主義女史の批判から解放されたような気分になったものです。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

過食や過食嘔吐などの摂食障害症状は、精神的な緊張や苦痛を緩和するためのやむにやまれぬ方策に過ぎません。

 

素敵な物語』には、丸太(摂食障害症状)の代わりとなる感情の意味を理解する感情調節スキルを身につけることが必要不可欠だと書いてあります。

 

摂食障害から回復するために大切なことは、真のニーズの行方を指し示す羅針盤である感情の持つ「意味」を理解することであり、同時に、現実の問題や対人関係に対処するスキルを身につけることであることは、いくら強調してもしすぎることはありませんよね。

 

院長

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