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職場の人間関係とリワークの問題点

[2019.12.05]

産業医を専門にしている知り合いの先生から「対人関係療法を使って、上司向けのハラスメント講習をやってくれませんか?」とお願いされたことがあります。 

 

産業医として高ストレス者面談をしたり、産業医面談をしていると、上司やリーダーと上手くいかないので、どうしたらいいか?という職場の人間関係の相談を受けることがすごく多いのです。 

 

面談者(部下の人です)からの話では、会話がかみ合わない、返事が明後日の方から返ってくる、何を言っているのか意味不明、指示が毎回違うので戸惑ってしまう、などの「言語レベルの問題」から、言い方が上から目線ですごく傷つく、機嫌がコロコロ変わるので機嫌を損ねないようにするので気疲れする、いつも忙しそうで不機嫌なので話しかけにくく仕事が滞ってしまう、などの「非言語レベルの問題」に大別されるようです。

皆さんの中にもこのような経験がおありの方がいらっしゃるかもしれませんね。

 

上司側の意見としては、注意するとすぐに泣いてしまい注意もできない、何か言うとすぐにハラスメントだ!と大騒ぎされる、指示を出しても聞いているのかわかったのかのリアクションが乏しい、など、こちらは「非言語レベルの問題」が多く、「今時の若者は…」と昭和モードに入ってしまい、自分の言動を振り返ることが難しそうだと、上記の産業医の先生からお聞きしています。

もし皆さんの上司がこのような思いを抱いていることがわかったら、どう感じますか?

そうは言っても上司の言動こそが問題じゃないか!と感じる人が多いかもしれませんね。

 

職場の人間関係の問題を抱え、あれこれと考えすぎて気分が沈み、会社に行くことが億劫になって心療内科やメンタルクリニックを受診すると、間違いなく「適応障害」とか「抑うつ状態」の診断が下され、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬などが処方されます。

そして、休職を指示する診断書が出され、休職することになります。

 

しばらく職場から離れてみると、人間関係から解放されますから気分は速やかに(ほとんどは3ヵ月以内、6ヵ月を超えることはない)改善します。

そうすると職場復帰を考えるようになりますよね。

患者さんが申し出ると、状態の把握もせずに復職可能の診断書を書く主治医もいらっしゃるようです。

 

このような場合の多くは、1ヵ月も経たないうちに再び休職を余儀なくされます。

それは当然ですよね。気分の状態が安定したからといって、休職に至った問題が解決したわけではありませんから。

 

あるいは、主治医や産業医に職場復帰支援(リワーク)プログラムを勧められたり、患者さん自身がリワークをやってみようと思い立ったりしますが、ここにも大きな問題があるのです。

それは、現在行われている職場復帰支援(リワーク)プログラムは、「(内因性)うつ病」の回復プログラムなので、きっかけのある抑うつ状態、とくに人間関係の問題を抱えた人には合致しないことが多いのです。

 

たとえば、ある施設のリワーク・プログラムの内容を見てみましょう。

 

プログラムでは、自己理解を進めるための知識の習得と症状の自己管理、集中力を高めるという目的の日報集計、物品請求、計算ドリル、対人関係の改善目的のアサーション、テーマ討論、模擬会社での課題達成などです。

以前にはメランコリー型と呼ばれていた、中年期のうつ病のリハビリ・プログラムとしてはよくできていますよね。しかし、人間関係の問題への対処スキル習得プログラムとしては、その要素が抜け落ちている感を否めません。

 

それは症状の自己管理やアサーション(アサーティブ・コミュニケーション)、休職に至った経緯のふり返りでやれています、という意見もあります。

しかしこのやり方は、自分一人の頭の中でのシミュレーションに終始していて、関係性の中での自己理解、つまり「他者の視点には自分の言動はどのように映っていたか」という、自分と他者の心の状態を理解する現実的なスキルとしては今ひとつ不十分な感じを否めませんよね。

 

実際のプログラムでは、アサーショントレーニングや模擬会社などの課題に専念する事で、復職してもやっていけそうな達成感が得られます。しかしその取り組みが、現実の人間関係の問題から目をそらすことにつながっていたりするのです。

 

ですから職場復帰が近づくと、未解決の課題である人間関係の問題が突きつけられるように感じてしまい、不安になったり気持ちが沈んだりして休職期間が延長になったりしますよね。

あるいは思い切って復職したのはいいけれども、人間関係の問題が解決していませんから、やっぱりここではやっていけないと、再休職を余儀なくされます。

 

再休職の場合も「適応障害」とか「抑うつ状態」の診断名がつきますから、1年半受給できるはずの傷病手当の期限が切れてしまい、患者さんは転職を考えざるを得なくなるのです。

 

復職支援プログラム(リワーク)の担当医や、産業医をやっていると、このようなケースを数多く経験するのです。

 

何が問題なのだろう?と考えてみると、休職にいたる経緯は千差万別であるにもかかわらず、リワークのプログラムが診断名を基準に一律に行われていることが問題のようです。

 

ある患者さんは先輩や上司の状況を見たり考えたりせずに、自分都合で質問に行き、忙しいから後で!と言われたことを、親切に教えてくれない、質問するのが怖いということで、適応障害との診断で休職されていました。

ここで必要なスキルは、自分都合ではなく相手には相手の事情があることを理解することと、質問しようと思う相手の状況や心の状態を観察することと、交渉の仕方を身につける必要がありますよね。

 

ある患者さんは、みんな忙しそうだからと質問もせずに、一人で解決できない仕事内容を抱えてしまい、これもまた適応障害の診断で休職されていました。

 

ここで必要なのは、顔色を過剰に読みすぎた解釈は自分の頭の中で起きていることであって、現実はどうなのか?と、心的等価モードから離れて現実を見ることです。

 

別の患者さんは、先輩や上司は質問に答えてくれるけれども、何を説明されているのか理解できずに自分で勝手に解釈して、のちにそれを注意されることが度々続き、やっぱり適応障害の診断で休職されていました。

 

この場合、自分がどういう聞き方をしているか、そして相手の返事は自分が聞いた内容に即しているのか、それを自分はどう解釈しどう理解したのか、など、関係性のプロセスを客観的に捉えるメンタライジング能力のトレーニングが必要です。

 

あるいは別の患者さんは、元々上司との折り合いが悪く、注意されるときの上司の言い方を上から目線だ、攻撃的だと思えて、トラウマ体験のように捉えていらっしゃいました。

 

この時に必要な事は、関係性の中での相互作用を理解することです。
つまり、自分の反応の仕方が相手の反応を引き起こしており、同時に相手の反応の仕方が自分の反応を引き起こしていることを理解することです。

この患者さんの場合も、自分と他者の言動の背景にある心の状態を理解する、メンタライゼーションのトレーニングと対人関係療法的なスキルを身につけることが必要ですよね。

 

このように考えてみると、自分が通っているリワークプログラムの内容や、心療内科やメンタルクリニックの治療内容が、自分の現在の苦悩を緩和することができているかどうか、ふたたび笑顔で働くことができる方向に向いているかどうか、について振り返って考えてみることが必要ですよね。

 

院長

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