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発達障害の二次障害としての愛着障害と複雑性PTSD

[2021.07.26]

発達障害として分類される「自閉症スペクトラム障害(ASD)」と「注意欠如/多動性障害(ADHD)」は、「反応性愛着障害(反応性アタッチメント障害)」と「脱抑制性対人交流障害」、「発達性トラウマ障害」および「複雑性PTSD」などと重なりあう部分が大きく、鑑別が困難と言われています。

 

「自閉症スペクトラム障害(ASD)」と「注意欠如/多動性障害(ADHD)」は、遺伝子レベルの異常を基盤にもつ生まれつきの特性です。

 

一方、「反応性愛着障害」や「脱抑制性対人交流障害」、および「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」は、乳幼児期の療育者との間の対人関係トラウマによって、神経心理学的な発達に不可欠な愛着(アタッチメント)が阻害されることによる後天的に生育環境の影響を受けた結果です。

 

しかし両群ともに、神経心理学的な発達の障害として症状が表現されるため、さまざまな臨床像を呈するようになるのです。

 

あいち小児センター子育て支援外来における10年間の統計資料では、1,110名の被虐待児のうち、自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)と診断された子ども323名(全体の29%)、ASDを除外した注意欠如/多動性障害(ADHD)174名(16%)、ASDとADHDを除外した知的障害95名(9%)であり、発達障害診断の子どもは592名と、全体の53%を占めていた。

(中略)

一方この議論が複雑になるのは、子ども虐待の後遺症である反応性愛着障害において、発達障害に非常によく似た臨床像を呈することが以前から指摘されており、ニワトリ・タマゴ論争を引き起こすからである。

(中略)

ルーマニアから他国へ里子に行った子どもたちを対象とした有名な一連の研究があり、一つはロンドン大学のERA研究、もう一つはBEIP研究である。ERA研究では、極端なネグレクトによって、ASDの症状をはじめとする発達障害が生じることが示されている。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

上記の引用で、「ASD」が29%、ASDを除外した「注意欠如/多動性障害(ADHD)」が16%、ASDとADHDを除外した「知的障害」が9%と、「〜を除外した」と書かれていることに注意してください。

 

これは、「自閉症スペクトラム障害(ASD)」と「注意欠如/多動障害(ADHD)」および「知的能力障害(知的発達障害)」の3者は、互いに重なりあうことが知られているからなのです。

 

DSM-5においてASDとADHDの併存が認められるようになり、それぞれ約半数前後は相互に併存していることが示された。この併存の事実を踏まえた上で臨床に立てば、ASDとADHDを別のものと考えるよりも一つのグループのサブタイプと考えた方が、矛盾が少ないことに気づく(前掲書)とされています。

 

一歩進めて考えると、「自閉症スペクトラム障害(ASD)」「注意欠如多動障害(ADHD)」「知的発達障害」は相互浸透する入れ子構造になっているようです。

 

精神発達を構造的にみれば、関係性の発達(X)、認識の発達(Y)、自己制御の発達(Z)の三つの軸からなっている。

「生物学的な個体」としてこの社会に生み落とされた子どもが、人と関係する力を培い(X)、世界を意味(概念)によって認識し(Y)、注意や欲求を状況や規範に応じて自己制御する力を伸ばし(Z)、それによって「社会的な個人」へと育つプロセスが精神発達なのである。

発達障害が基本的に「自閉症スペクトラム(関係の障害)」「知的障害(認識の障害)」「ADHD(自己制御の障害)」のかたちをとるのは、偶然ではなく、発達がこの三軸構造をなしていることの反映であろう。

(中略)

同じ理屈で知的障害や自閉症スペクトラムはADHD的な症状も何らかの程度で二次障害として派生させる。とりわけ自閉症スペクトラムとADHDの重なりは大きい。注意や欲求を制御する力は社会的な関係を介して初めて発達するものだからである。

翻って注意や欲求の制御のおくれは、知的な学習や対人関係形成に二次的な困難をしばしばもたらす。

以上のごとく、精神発達の構造上、発達障害はどの発達障害であれ、必ず他の発達障害の症状を何らかのかたちで二次的に混在させている。

滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学(35); 2-6. 2020.

 

養育者との間での愛着(アタッチメント)を基盤にして、「関係性」「認識」「自己制御」が発達します。

神経心理発達に最も重要な役割を果たすアタッチメントに障害があると、「関係性」「認識」「自己制御」の障害だけでなく、別のさまざまな精神失調(二次障害)をも引き起こします。

 

以上のごとく、精神発達の構造上、発達障害はどの発達障害であれ、必ず他の発達障害の症状を何らかの形で二次的に混在させている。

このため「症状」(だけ)に基づく現代精神医学の操作的診断では、診断基準にクリアカットに収まりきらないケースが多数とならざるを得ない。グレーゾーン診断が非常に多くなる大きな理由であろう。

滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学(35); 2-6. 2020.

 

生育過程でアタッチメントに基づく神経心理学的な発達が妨げられると、「自閉症スペクトラム(関係の障害)」「知的障害(認識の障害)」「ADHD(自己制御の障害)」として表現される二次障害としての発達障害を呈する場合もあるということです。

 

発達障害は生活上、様々な負荷を強いられやすいため、その負荷が条件次第で発達障害とは別の何らかの精神失調を二次的にもたらす。この失調を「二次障害」と呼ぶのである。

(中略)

どんな失調となるかは、その人の個性や、これまでの生活体験や、現在の環境状況がどうか等の諸条件に左右される。

滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学(35); 2-6. 2020.

 

また逆に「自閉症スペクトラム(関係の障害)」「知的障害(認識の障害)」「ADHD(自己制御の障害)」などの発達障害が基盤にあると、「その人の個性や、これまでの生活体験や、現在の環境状況がどうか等の諸条件に左右され」(前掲論文)、アタッチメントそのものの阻害としての「発達性トラウマ障害」とその最終形としての「複雑性PTSD」の病像を呈するようになります。

 

さらに、ASDやADHDなどの発達障害や、「発達性トラウマ障害」「複雑性PTSD」が背景にあると、「うつ病」や「気分変調症」、「双極性障害」、「境界性パーソナリティ障害」、「解離性障害」、「摂食障害」や「アルコールなどの依存症」、「統合失調症」や「妄想性障害」など、さまざまな疾患と紛らわしい症状(二次障害)を呈するようになるのです。

 

このような状態は抗うつ薬や抗不安薬で病像が不安定になり、気分のアップ・ダウンが大きくなりやすいのです。

多くの精神科の先生方は、トラウマや発達障害に対する対応の仕方あるいは治療の仕方をご存じないので、抗うつ薬や抗不安薬を増やしたり、炭酸リチウムやバルプロ酸などの気分安定薬、あるいは抗精神病薬を追加したりされます。

 

なぜならば、うつ状態や双極性障害に対する適応病名をもつ薬剤はあるものの、背景にあるトラウマや発達障害に対する薬剤はごく限られているだけでなく、その人に応じたごく少量処方が必要になるため、一般の短時間診療で対処することは難しいのです。

 

このように、二次障害として表現された疾患しか見ずに、背景の発達障害やトラウマ関連疾患を見落とすことは、「木を見て森を見ず」ということになかねませんよね。

 

院長

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