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摂食障害を職場にカミングアウトするときの問題

[2023.04.17]

日本摂食障害協会の【仕事探しの困難や仕事を続ける上での困難についての就労に関する調査】によると、《困難の内容として多かったのは、神経性やせ症制限型、神経性やせ症過食嘔吐型ではいずれも「昼食問題」と「体力」であった。神経性過食症では、「気分の波」と「昼食問題」が多かった》とされています。

 

このほかにも、神経性過食症では「ノーと言えず仕事が過剰になる」や「おやつ問題」を挙げる人もいたそうです。

 

摂食障害を抱えて働く

「おやつ問題」とは、「たとえば、おやつを職場で配る人がいて断れないと、その日の食のスケジュールが乱れ、帰宅後に過食が激しく出る」ことだそうです。

 

「昼食問題」は、社交不安障害に伴う「会食恐怖」と混同されて理解されることもありますが、人と一緒だと緊張して食べられない、社員食堂の高カロリーの定食は食べられない、日によって昼食時間が違うと調子を崩す、などの摂食障害特有の食との関係性の問題であり、異なった病態と考えられます。

「昼食問題」のために離職した人もいたと報告されていました。

 

これまでに摂食障害のために仕事を辞めた経験がある人が59.8%いたが、辞めた理由として、神経性やせ症制限型と過食嘔吐型では「だんだん体力が低下した」が一番多く、神経性過食症では「気分の波」がいちばん多かった。

低体重だったのに無理に就職してうまくいかなかったというよりは、体重や気分はある程度安定して仕事を始めたのにもかかわらず、途中でうまくいかなくなるというパターンが典型的であった。

西園『摂食障害の精神医学―「心の病気」としての理解と治療』日本評論社

 

「就労後の「体力のなさ」については、低栄養状態で無理して就職したわけではなく、症状が十分改善してから仕事を始めたにもかかわらず、昼食を抜いたり、ノーと言えずに就労時間が長くなったことで、徐々に体力が低下したという人が多かった」そうです。

 

この問題を解決するうえで重要なのは、摂食障害をもっていることを職場に明かすかどうかである。

神経性やせ症の場合は、体重によっては周囲が病気を推測していることもあるが、神経性過食症では、本人が話さない限り周囲は気づきにくい。

西園『摂食障害の精神医学―「心の病気」としての理解と治療』日本評論社

 

カミングアウトの問題

「昼食問題」や「おやつ問題」を解決するために摂食障害という病気を持っていることをカミングアウトする場合、《誰に、何を、どのように話すか》ということが大きな課題になります。

 

しかしこの「カミングアウト」は簡単なプロセスではない。
今回の調査では、職場で摂食障害のことを話した人とまったく話していない人は約半々であった。

話していない人は、「いつも嘘をついているような罪悪感」「食事会に行けないので孤立しがち」などの悩みを抱えていることが多かった。

話した人は、「『あ、そうなの』とあっさり受け入れてもらえて気が楽になった」「『食べなきゃだめだよ』としつこく言われなくなった」「通院しやすくなった」など、話したことのよい面を挙げる人が多かった。
しかしなかには、急にシフトから外された、腫れ物扱いされたという声もあった。

西園. 摂食障害と就労−働くことの意味と課題. こころの臨床 225(9): 37-41. 2022

 

摂食障害をカミングアウトすることは、引用のようにメリット(ベネフィット)とデメリット(リスク)の両方を伴うようです。

 

こころの健康クリニック芝大門では、神経性過食症(過食嘔吐)・過食性障害(むちゃ食い)の対人関係療法による治療を導入する前に、【コミュニケーションのあり方とこころの姿勢】というプリントを用いて心理教育を行っています。

 

その中で、①事実の共有(枠組みの一致)、②“わたし”を主語にして気持ちを明確にする(‘I(アイ)’メッセージ)、③具体的な行動または依頼をする、という「ローゼンバーグの非暴力コミュニケーション」を練習していますよね。

摂食障害をカミングアウトするときには、「何のために話すのか?」という期待を明確にして、③の「具体的な依頼」をすることが重要なです。

 

社会的コミュニケーションと想像力の問題

自閉スペクトラム特性(AS特性)を有する摂食障害患者さんの場合、ただひたすら症状を説明したり、あるいは自分がどんなに辛いかを延々と訴えるだけで、「③具体的な行動または依頼をする」プロセスが抜け落ちてしまう人が多いようです。

 

病名だけを伝えたり、逆に長い病歴を詳細に話したりすると、周囲はどう対応したらよいかわからず距離を置いてしまう傾向があるので注意が必要である。

西園『摂食障害の精神医学―「心の病気」としての理解と治療』日本評論社

当事者のなかには、友人でもなく他人でもない「同僚」という中間的な存在との距離感がわからず、病歴について生い立ちまでさかのぼって話してしまう人もいるが、これでは同僚も戸惑ってしまう。

西園. 摂食障害と就労−働くことの意味と課題. こころの臨床 225(9): 37-41. 2022

 

自閉スペクトラム特性(AS特性)を有する摂食障害患者さんの場合、ウィング(Wing)の三つ組みの障害のうち、「言語的、非言語的に考えや興味を共有したり、ポジティブで有効的に交渉したりして、他者と対話する能力」である「社会的コミュニケーションの問題」が浮上することが多いようです。

 

同時に、自閉スペクトラム特性(AS特性)を有する摂食障害患者さんの「自分の行動が、自分や他人にどのような結果をもたらすかということについて考えたり予測する能力」であるメンタライジングの障害、つまり「社会的想像力の問題」も重なってきます。

 

周囲に伝える場合、何を伝えるかが非常に重要である。

職場で受け入れられやすいのは、「食について治療中で、食事時間が一定のほうがいいので、可能ならできるだけ決まった時間に食事に行かせてほしい」「みんなと一緒に食べるのが苦手なので、ランチミーティングの場では食べなくていいですか。会議後に食べるようにします。それ以外はとくに配慮はいりません」というように、こうしてほしいという内容を具体的に伝えることである。

そして、治療は受けていること、職場では伝えた以外の配慮は不要であることが話せるとさらによい。

西園. 摂食障害と就労−働くことの意味と課題. こころの臨床 225(9): 37-41. 2022

 

『摂食障害について職場に配慮が必要なのは、「昼食問題」が象徴するように、業務外のことが多い。発達障害の場合の業務内容の調整などに比較して、職場側の特別な準備は必要なく、昼食や終業時間を調整すれば当事者の適応は改善する面が多い』と考えられます。(西園『摂食障害の精神医学―「心の病気」としての理解と治療』)

 

「治療の場でも、何を誰にどう話すかをトピックとして取り上げることが望まれる」ということに加えて、「専門家は職場への説明も積極的に行っていくべきであろう」とされています。(西園『摂食障害の精神医学―「心の病気」としての理解と治療』)

 

職場の問題は、「役割期待の整理」ということで過食症の対人関係療法による治療の中でも扱っていく、重要な問題ですよね。

 

院長

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