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摂食障害の入院治療とトラウマ

[2015.10.05]

摂食障害(とくに拒食症)の病識の欠如は、治療の動機づけと密接に関係しており、重篤な全身状態の患者さんが低栄養の改善に抵抗を示しても、患者の意思に反した治療治療が必要な場合があることから、拒食症の治療のすすめ方そのものが、疾患の特徴ともあいまって、トラウマとして避けがたい場合もでてきます。

そのような医原性のトラウマに対して水島先生は、治療方針のブレがトラウマにつながるとおっしゃっています。

A子の例に明らかに表れているいくつかのポイントは、他の拒食症治療でも起こりうることである。
本人の合意がないままの、着地点が見えない(あるいは着地点がコロコロ変わる)「突然」の治療環境の設定、医療者との圧倒的な力関係の中での無力感、通常であれば人権侵害と判断されるようなやりとりである。
治療がどれほど外傷になりうるかということが一目瞭然である。
そして、それらのすべてがそれまでの本人からの「離断」を生むものである。
水島広子『摂食障害の不安に向き合う』岩崎学術出版社

 

ある有名な先生から、トラウマの治療のために、紹介受診された患者さんがいらっしゃいました。
(個人が特定できないように改変しています)

この患者さんは、「チューイングを伴う排出性障害」から次第に体重が減少し、自力で立てないほどの体力低下と意識昏迷状態で、救急搬送され、大学病院に緊急入院となりました。

大学病院では、身体拘束下で強制栄養と、摂食量や体重の増加に応じて少しずつ行動制限を解除するスタンダードな治療が行われました。
患者さんは退院したい一心で、生米や小麦粉なども口にする「異食症」がみられたり、「吐き戻し(反芻症)」もありましたが、頑張って目標体重に達したため退院となりました。

しかしその後も「チューイングを伴う排出性障害」が続き、スープやシチューは食べられるけど通常の食事は摂れず(選択的摂食あるいは機能性嚥下障害(嚥下恐怖))、体重が減ると短期入院して高カロリー輸液や、医療用の高カロリードリンクで体重を戻し退院する生活を数年続けておられました。

 

大学病院では、摂食障害としか説明されず、なかなか治らないために高名な先生のいらっしゃる医療機関に転院されたのでした。そこで入院治療をトラウマだと診断されたそうです。

高名な先生が下されたトラウマ診断について患者さんにお聞きすると、「入院時のことを聞かれて、すごく嫌だったと答えたら、トラウマですねと言われた」ということでした。
入院治療のことばかり聞かれ、生育歴などは聞かれなかったとおっしゃっていました。

お母さんも同伴されていたのですが、診察の最後にちょっとだけ呼ばれ、「トラウマがあるからまずその治療を先にして下さい。ここでは治療できないので、ここに行ってください。」と言われ、三田こころの健康クリニックを紹介されたのでした。

患者さんもお母さんも混乱して、何がトラウマなのか、トラウマがあるとどうして治療ができないのかがわからず、お母さんは勇気を振り絞って「自分が大学病院に連れて行ったことが悪かったのでしょうか?」と高名な先生にお尋ねになったところ、「そうですね。」と一言。

お母さんは、自分のせいでトラウマを与えてしまった、トラウマのせいで診てもらえなくなった、とひどく衝撃を受けておられました。

 

三田こころの健康クリニックで行った診断面接では、トラウマ反応やPTSDの症状はまったくみられなかっただけでなく、「醜形恐怖症」と「ため込み症」やさまざまな確認・儀式的行為などこれまで見逃されていた強迫スペクトラム障害が先行発症していました。

患者さんに、お母さんに対する気持ちを聞くと、「無理やり大学病院に連れて行かれたのは嫌だったけど、そうでもしないとあの時の私は死んじゃってたかもしれない」と話され、お母さんも「ごめんね〜、辛かったよね〜」と二人で抱き合って泣かれました。

 

この例でもわかるように、摂食障害の患者さんの傍にいることは、想像以上に消耗することであり、周囲の人たちもしばしば傷ついているのです。

上記の有名な先生は、状況を聞いただけでトラウマと決めつけ、十分な説明もなく患者さんを放り出されたのでした。
医療者との圧倒的な力関係が、患者さんには「二次外傷(再外傷)」、お母さんにも「代理外傷」と燃え尽きを与えてしまい、2人とも無力感に閉じ込められ関係が離断されてしまっていたのを母娘同席面接でもう一度、つなぎ治したのでした。

 

疾患がもたらす症状や、診断あるいは治療の副作用は、トラウマ反応との区別が時に困難なのですが、加害者を探すような安易なトラウマ診断はこのように逆に離断を生んでしまいます。

他罰・他責がプチ・トラウマ反応であるとしても、誰かのせいで病気になったという一面的な理解では、「相手にゆだねた生き方」から抜け出せません。

そのようなときには「その出来事をどう体験したのか」の位置づけを、「相手のせいで病気になったと考えているから今苦しいんだな」「自分の苦悩はそこから始まっているのだな」「この辛い状態が自分の今後の人生を損なわないためにどうすればいいかな?」という未来志向に切り替えてみてくださいね。

院長

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