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「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」摂食障害と幼少期のトラウマ体験

[2022.01.04]

謹んで新春のお慶びを申し上げます。今回が2022年の第1回目のブログです。

 

昨年は複雑性PTSDなどのトラウマ関連障害の患者さんの治療申込が殺到し、初診までずいぶんお待たせすることになってしまいました。2022年は1月5日(水)より診療を開始します。

 

さて複雑性PTSDは、児童期の持続的反復的な虐待および難民収容所での持続的・反復的トラウマをひな形として形成された概念です。

 

複雑性PTSDは、「もっとも多く見られるのは、そこから逃げることが困難または不可能であるような持続的または反復的出来事である:例えば、拷問、奴隷、ジェノサイド、難民キャンプ、持続的な家庭内暴力、反復的な児童期の性的または身体的虐待」が出来事基準とされています。

 

つまり、複雑性PTSDの出来事基準は「生死の危機に関わるような体験、あるいは重度の恐怖をもたらすような持続的反復的な苦痛な体験」なのです。

 

しかし、臨床家の中には生命の危機を伴わない脅威も複雑性PTSDであると診断される方も多いことに対して、「差し迫った生命の危機のないいじめ体験やハラスメント、過労などをトラウマ的出来事とみなすことはできない」と、複雑性PTSDが拡大解釈されることに注意を促されています。(金. 複雑性PTSDを論じる意義について. 精神療法 47 (4): 425-431. 2021)

 

パワハラやいじめなどの体験は、生命の危機やその脅威を含まない限りはこれら(註:持続的反復的トラウマ体験)に含めることはできない。

なお臨床家によっては虐待という用語を家庭内の厳しい躾や両親の不機嫌などを指して用いる場合もあるが、PTSDの文脈で虐待というときには、子どもにとって生命の危機に直面するようなトラウマ体験を指している。

金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021.(一部改変)

 

逆に、PTSDや複雑性PTSDの出来事基準を満たさない場合でも、PTSDの症状を呈する場合があることが指摘されています。

 

女性では、「対人関係の問題や葛藤、命を失うわけではない深刻な病気、失業、解雇、収入の減少、パートナーとの破局や離別や離婚、借金に関連したトラブル、家族や友人の重病、家族や親友との死別は、A基準を満たす心的外傷と同じようにPTSD症状を引き起こす」、と報告されています。(Anders, S.L, Frazier, P.A.,Frankfurt, S.B., Variations in Criterion A and PTSD rates in a community sample of women.,J.Anxiety Disor. 25(2): 176-184, 2011.)

 

PTSD概念ですくいあげることのできなかったネグレクトや、いじめや重度のパワハラなどによる精神的影響は、社会的敗北モデルによってある程度説明が可能と思われ、本誌(註:精神療法. 金剛出版)のこれまでの特集でICD-11のCPTSD基準を超えてさまざまに論じられてきたCPTSDに関する論考の一部も、この観点から意義づけることができるかもしれない。

金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021.

 

Thompson-Brenner(トンプソン−ブレナー)による過食、パニック、気分変調症などの神経症性障害のプロトタイプのうち、「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」もまた、複雑性PTSD概念には合致しないまでも、幼少期の傷つき体験にもとづく社会的敗北モデルで考えることができるかもしれません。

 

荒れる両親や明確な問題を抱えるきょうだいの陰に隠れて、または問題を内に秘め外に漏らすことを禁じる機能不全家庭の中で「忘れられた子」として生きる過程で、いつしかED症状(註:摂食障害症状)をひそかな自己慰撫手段として身に付けたようなモデルが含まれ、性的被害や容姿によるいじめられ体験を持つひとにも多い。

(中略)

典型的な機能不全家庭において子どもは親にミラーリングを与えられないのもならず、与える役として利用されることが多く、子どもは無条件で安定した愛情供給の無い中、親の宥め役として役立ったときだけその存在を承認される。

この「条件つき承認」は「報酬」と言い換えることができ、彼らは自己の存在の不安定さを「報酬」によって刹那的に補う行動様式を身に付けて生存する。

崔:摂食障害と心的外傷. 精神科治療学33(11): 1299-1304, 2018

 

いい子であれば褒められるけど、親の期待に沿わなければ叱られるという「条件つき承認」を与えられ続けた子どもは、物事の因果関係を物理的現実の観点しか考えることのできない「目的論的モード」という早期の発達段階である原始的な心のありようにとどまっていまいます。

 

目的論的モードが優勢になると、私たちのこころは基本的に外的現実(報酬=条件つき承認)の支配下に置かれることになります。

 

たとえば子どもでは「欲しいおもちゃを買ってくれない(外的現実)なんて、お母さんは僕のことが好きじゃない(空想)んだ」となるし、ある一群の患者では「希望する薬を出してくれない(外的現実)なんて、先生は私のことなんてどうでもいいと思っている(空想)んだ」とか「これだけお願いしているのに面接時間を延ばしてくれない(外的現実)なんて、先生は私我身でもいいと思っている(空想)んですね」となります。

行為あるいは外的な現実が、空想すなわち内的状態を決定してしまうのです。

池田『メンタライゼーションを学ぼう————愛着外傷をのりこえるための臨床アプローチ』日本評論社

 

この「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」の人たちにも、自己組織化の障害のうち、感情制御不全、否定的自己概念、関係性障害を認めることがほとんどで、PTSDの診断基準のうち「回避」症状が目立つタイプでもあります。

 

過食嘔吐、排出行動が「報酬」に位置づけられる。

自身の過剰適応的な社会生活における「持ち出し」を埋め合わせてゼロに戻すこの秘かな報酬は人知れず自己供給される。

(中略)

また、社交不安障害の合併率が高いタイプでもある。中でも被いじめ体験等の外傷がその発症に影響するような社交不安障害とEDの合併例が多く見られる。

元来持っている自己卑下や、自己愛を破壊される被いじめ体験の恐怖を再体験しないために引きこもりとともに陥る病的痩せは、外傷性疾患における回避症状に相当するものと考えられる。

崔:摂食障害と心的外傷. 精神科治療学33(11): 1299-1304, 2018

 

神経性過食症や神経性やせ症・過食排出型の過食嘔吐、排出性障害にともなう自己誘発嘔吐などの排出行動は、過食で感情を麻痺させ感じないようにするのみならず、排出行動によって過食をなかったことにする試みでもあります。

 

食べ物との関係と同じように、対人関係においてもそこで感じられる感情を麻痺させ、なかったことにするために「遠ざかり境界性自己障害」と呼ばれる対人関係スタイルをとることで、承認欲求や依存感情を隠し持っているわけです。

 

つまり「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」にみられる「回避」症状は、「他者、自己の心理をメンタライジングすることから距離をとることで情動的危機を回避してきた(前掲論文)と考えることができるわけです。

 

このタイプはスキゾイドやスキゾタイパルのような神経発達症(発達障害)と似て見えることも多く、生きづらさを緩和するために、乱れた食行動や自傷によって誰にも頼らずにひっそりと自己慰撫の試みを続けている人たち、ということができるでしょう。

 

院長

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