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職場の問題が個人の問題にすり替えられる!

[2020.11.04]

「社会的うつ」と産業医の復職判定』で触れた「病人役割」は、古典的な「うつ病」の対人関係療法でも「疾患モデル」とともに強調されます。

「治療可能な病気にかかっている」ことを説明し(疾患モデル)、病者の役割を与え、社会的な義務と責任が免除される代わりに治療に取り組むように促すわけです。

 

急性疾患の患者さんであれば、疾病モデルや病人役割の付与が有効ですが、医療者が能動的・主体的に働きかけるという治療関係は、全ての疾患に適応できるわけではありません。

 

こころの健康クリニックで専門に治療している「摂食障害(過食症やむちゃ食い症)」や「気分変調症」などの慢性疾患では、社会的な義務と責任はそのままで、患者さんの主体的な努力が求められるようになります。

さらに、再休職を防ぐ、あるいは過食嘔吐の再燃を防ぐ、などの予防医学も重視されるようになると、「病人役割」も「疾患モデル」もマッチしないケースがほとんどなのです。

 

「社会的うつ」の存在は、これまで述べてきたうつ病を中心とするメンタルヘルス不調者への休職制度の充実や、疾病啓発キャンペーンなどを通した薬剤の使用圧力、メディア報道などの外的要素だけでなく、長時間労働など過酷な労働環境や理不尽な処遇、悪化した人間関係といった職場の問題などによって過度なストレスをためた結果、うつ病を訴えて自ら医療機関を受診する労働者、つまり「患者」の心理・意図など、可視化できない内的要素が大きく影響を与えていると考えられる。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

さて、診断基準に該当しないうつ病休職者である「社会的うつ」に話を戻すと、労働者(患者さん)、主治医、産業医、企業のそれぞれの課題が複雑に絡み合っていることが見えてきました。

 

過酷な労働環境の「被害者」であるはずの患者が「病人役割」を演じることによって、本来は公共政策や企業努力による解決が不可欠な長時間労働などの過重労働やパワーハラスメントなどの労働問題を自分から進んで背負い込んでいる、言い換えれば患者自身が社会問題を故意に「病気」という個人的なものとする、社会問題の医療化に荷担している可能性があることが確認された。

患者のストレスを増やし、患者を苦しめている要因である労働問題の解決を、患者自身が難しくし、その結果、社会問題の医療化、具体的には精神医療化をなおいっそう促しているという皮肉な結果となっているのである。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

労働環境の医療化(個人問題化)とその診断、および治療のプロセスが、さまざまな企業のメンタルヘルス対策が有効に作用しない大きな要因になっているように思えます。

 

職場でのパワーハラスメント、セクシャルハラスメントにより、心身のダメージが起きると、かつては「心因反応」と呼ばれていました。現在では「急性ストレス反応」あるいは「適応障害」と呼ばれる状態です。

しかしこのように「病名」や「診断名」をつけてしまうことで、人事労務問題が患者さん個人の問題にすり替わってしまう危険性が指摘されています。

 

実際、ハラスメント問題でこころの健康クリニック芝大門を受診した方については、産業医や人事担当者、法務担当者に来院していただき、患者さんの個人の問題としてではなく、会社のシステムの問題として対処していただくようお願いしていますよね。

このブログをお読みの方やその友人の方にも、ハラスメント問題で休職されている方がいらっしゃるかもしれません。もちろん心身のダメージが大きい場合はその治療も必要ですが、一番必要なのは主治医が患者さんの代弁者として会社と交渉することなのです。

会社と交渉する場合には、労働安全衛生法や労働基準法など産業医としての知識が必要不可欠になのです。

 

本書のうつ病休職者を例に挙げると、労働問題という社会問題が個人の心の問題にすり替わり、人々を自らうつ病と認識させ、医療機関を受診する行動へと駆り立てている可能性も考えられるのである。

(中略)

いったん医療機関を受診すれば、軽症うつ病であろうと、さらには病そのものでなかろうと、薬物療法が行われる、という構図に陥っている可能性も否定できないのである。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

仕事の問題、たとえば、精神的な負担の多い仕事や、労多くして功少ない達成感に乏しい仕事、あるいは長時間労働、職場での仕事や人間関係が引き金となり、なんらかの心的苦痛、さまざまな身体症状が起きてくると、その人がおかれた社会的状況から了解できる病態、症状であるという判断のもとに、「反応性の抑うつ」と見なされ「適応障害」と診断されます。

ストレッサー(ストレス因)に対しての手をこまねいて対処をせずに、ストレス反応に対してのみ薬物療法を行って事足れりとしてしまう精神医療のあり方の問題が指摘されていますよね。

現在、「適応障害(反応性抑うつ)」と診断されているのに、抗うつ薬や抗不安薬などを処方されているメンタルクリニックに通院中の方は注意してくださいね。

 

一方で「適応障害(反応性抑うつ)」のように見える「神経症性抑うつ(パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態)」と呼ばれる状態があります。「神経症性抑うつ」の患者さんは、2種類の抗うつ薬、あるいはリチウム、バルプロ酸、ラモトリギンなどの気分安定薬、抗不安薬などが投与されている場合が非常に多いようです。しかしそれで状態が改善することはなく、休職期間も長期に及んでいることがほとんどです。

 

休職期間が長くなればなるほど、復職準備性が高まるまでの時間が長くなり、なかなか復職可能の診断がでないのが実情です。また抗うつ薬の投与日数が長いほど、「神経認知機能の障害」の回復も遅れてしまうのです。

こころの健康クリニック芝大門で行っている職場復帰支援プログラム(リワーク)では、「神経症性抑うつ」の患者さんに対しては、考え方や出来事の認識の仕方、自己や病いへの理解に基づくセルフケア、柔軟な思考や行動変容などの「神経認知機能」の改善と、開かれた対人関係や4つのケアに基づくサポート資源の活用など「社会認知機能」の改善を最終的な目標にしていますよね。

 

それと同時に、多くは治療の必要のない「適応障害(反応性抑うつ)」の場合は、業務の量や質(内容)だけでなく、職場内の人間関係の調整、あるいは上司からのラインによるケアなど、過酷な労働環境の改善や職場環境調整が絶対に必要ですから、産業医の先生との連携を図っているのです。

 

「仕事の問題の医療化」では、この「労働環境の改善や職場環境調整」部分が抜け落ちることが問題になっているのです。

主治医から情報提供書が送られてくることを嫌がる産業医も多いのですが、こころの健康クリニック芝大門のリワークでは、産業医の先生と密に連絡を取っているのは、「適応障害(反応性抑うつ)」の社員さんの再発を防ぐために労働環境の改善や職場環境調整をお願いするためなのです。

 

誤った診断、治療が人間の心身にリスクをもたらすことを再認識するとともに、患者本人の今後の中長期的なキャリア形成を重視するという視点を主治医が備えていれば、診断を出して、安易に休職させるということにはならなかったと考えられる。

適正な診断、治療とともに、産業医とも連携しながら、早期に職場復帰させる方策を考えるべきではないだろうか。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

長時間労働など厳しい労働環境から逃避するためにうつ病の診断を受けて仕事を休みたいという患者の心理と、そのような患者の要望を尊重し、あるいは薬剤を投与したいために、患者の症状が診断基準に該当していなくともうつ病と診断する主治医の意図」の相互作用から生まれる「社会的うつ」に陥らないために、以下のようにアドバイスされています。

 

労働者個人についても、労働環境や医療側の姿勢などが改善するのをただ待つのではなく、「社会的うつ」に陥らないために、自ら積極的に意識や行動を変化させていく必要がある」ということです。

 

つまり、「反応性抑うつ」に対する環境調整と、「神経症性抑うつ」に対するセルフケアスキルを上げることが必要であるということで、多くのメンタルクリニックで行われているような薬物治療ではない、ということですよね。

 

それを可能にするのが、こころの健康クリニック芝大門で行っているような、産業医との密な連絡による職場環境調整と、セルフモニタリングや対人関係に対するメンタライジング能力を高め、職場で起きてくる出来事の受け止め方や対処の仕方を学ぶリワークプログラムだということです。

 

院長

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