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複雑性PTSDと発達性トラウマ障害/DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)(2021.10.04更新)

某・やんごとなき御方が「複雑性PTSD」と診断された報道は、皆さんの耳に新しいことと思います。

 

そもそも「複雑性PTSD」の診断の出来事基準は、「極度に脅威的ないし恐怖となる性質の出来事で、逃れることが困難ないし不可能で、長期間あるいは繰り返された出来事註:II型トラウマ)に曝露した後に生じる障害」とされています。

 

加えて「複雑性PTSD」の症候診断基準は、「PTSDの診断項目(註:再体験症状・回避症状・過覚醒症状)をすべて満たすとともに、感情・自己・対人関係機能に広汎な障害(註:自己組織化の障害)が見られ、それらには、感情制御、自己に関する卑小感・敗北感・無価値感といった信念、対人関係を保ち他者に親密感をもつことの困難さが含まれる(飛鳥井「複雑性PTSDの概念・診断・治療」in『複雑性PTSDの臨床』 )とされています。

 

かつての「適応障害」と同じように、「複雑性PTSD」のような真摯に向きあうべき疾患について、今以上に恣意的で安易な診断が下されてしまうことに危機感を持っています。

 

さてその「複雑性PTSD」と、「発達性トラウマ障害」あるいは「DESNOS」の違いについて、説明したことはありませんでしたよね。

 

ヴァン・デア・コークは、PTSD症状だけでは捉えきれない症候群に対して、ハーマンが提唱した6カテゴリーに「身体化」を加えた7カテゴリーによる27症状を含め、「DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)」という呼称を提唱しました。(『複雑性PTSDの臨床』)

 

トラウマを経験していても、「DESNOS」の診断基準を満たす人たちの約半数は、PTSDの診断基準を満たしていないといわれています。

つまり、再体験・回避・過覚醒のPTSD症状を欠き、感情・自己・対人関係機能の広汎な障害、つまり、「自己組織化の障害」だけが見られるケースが半数あるということです。

そのため、「DESNOSはPTSDの複雑な亜型であり、PTSDと併存するが、PTSD自体とは異なるものである」と言われています。(『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』)

 

一方、「発達性トラウマ障害」は「複雑性PTSD」あるいは「DESNOS」の子ども版とされています。

 

複雑なトラウマを負った子どもたちには「今のところ診断上の居場所がない」といわれます。

つまり、適切な“1つの”診断名があるべきなのに、その「代役」として“複数の”標準的診断名が使用されていること、また、そのような代役的診断名は「それらが適用されるトラウマ被害時たちの利益を損なう形で」使用されているため、「まとまりのある単一の病理として理解するのが最も好ましい」という理由から、「発達性トラウマ障害」の呼称が提唱されたという経緯があります。(『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』)

 

「DESNOS」も「発達性トラウマ障害」も症状のカテゴリー自体はほぼ類似しており、「複雑性PTSD」の診断ではカバーしきれない症状を網羅したものといえるかもしれません。

ただ「DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)」という呼称は状態をイメージしずらいため、このブログでは「DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)」≒「発達性トラウマ障害」として使っています。

 

さて、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』の著者である咲セリさんの受診の様子を読んでいきましょう。

 

居心地悪く座っていると、名前を呼ばれ、問診票を渡された。ひとつ、ひとつ、項目を埋め、困っている症状を書いていく。

異常なほど掃除をしてしまうこと。
外に出るのが怖いこと。
外で猫の幻覚が見えること。
死にたい気持ちが消えないこと。
家で暴れてしまうこと。
パートナーに暴力を振るってしまうこと。
感情の起伏が激しく、コントロールできないこと。

名前を呼ばれ、問診票を目にした医師は、5秒も立たずにそれをペラリと机に投げた。そしてボールペンで頭を掻く。
「こんな症状、聞いたことないなあ」

絶句した。
病気なら治してもらえると信じて、ここまでやってきたのに。

「……私は、何の病気なんでしょうか?」

絞り出すように問いかけた私に、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた医師が首をかしげる。
「しいていえば、うつかなあ?」

うつ病は、祖母もかかっていたので、大体の症状は知っていた。気分が落ち込む、疲れやすい、仕事や家事が手に付かない、不眠や食欲低下など、ともすれば寝たきりになってしまう病気だ。

「私、エネルギーはすごくあるんですけど……」
そう言っても、
「だから、しいていえば、ね」

と、あくびを噛み殺している。

「しいていえば」ではなく、本当の病名を知りたいのに。
今すぐ、この場で暴れたかった。だけど、私は、家ではあんなにも自分を失くすのに、外ではいい子を演じることが身についていた。
それに、素人が専門家に意見することなど、許されないような気がしていたのだ。

(中略)

5軒目となる、できたばかりだという個人クリニックで、私は、よくやく「うつ」という診断が下がった。想像していた診断名「強迫性障害」とはやっぱり違ったが、専門家が言うならと、納得いかないまま受け止めた。

咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房

 

長々と引用しましたが、いかがですか。

 

最近のメンタルクリニックでは、個人の困りごとは「うつ」、仕事の困りごとは「適応障害」としか言わないのでははないか、精神科医はこの2つの診断名しか使っていないのではないかと疑っています。

 

実際、「過食嘔吐が止められないんです」と受診すると「うつですね」と診断されますし、「上司が厳しくて怖いんです」というと「適応障害ですね」と言われ、いずれの場合も抗うつ薬と抗不安薬が処方されます。

 

もしかしたら、皆さんの中にもセリさんと同じような症状で困っていらっしゃる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

外に出るのが怖い、つまり不安症状は、死にたい気持ちが消えない希死念慮と同じカテゴリーで考えると、「DESNOS」の「役に立たない」「罪業と責任」など「自己概念の変化」と、「感情および衝動の制御の変化」の「自己破壊」に該当すると考えられます。

外で猫の幻覚が見えるのは解離症状で、「DESNOS」では「注意ないし意識の変化」の「一過性の解離エピソード」に該当しますよね。

 

パートナーに暴力を振るってしまうことは、「DESNOS」の「他者との関係の変化」に該当し、家で暴れてしまう、感情の起伏が激しく、コントロールできない、などは、「DESNOS」の「感情および衝動の制御の変化」、あるいは、「複雑性PTSD」の「感情調節困難」と見ることができます。

 

異常なほど掃除をしてしまうことについてセリさんは、「捨てられないためには、いつも家をきれいに掃除するくらいしか自分に価値を見出せなかった」と述べていますから、症状だけをみると強迫性障害のように見えますが、その背景には「役に立たない」「罪責と責任」という「DESNOS」の「自己概念の変化」があるようです。

 

また『目的論的モードと被暗示性の亢進』で引用した援助交際のエピソードも、「性的関与の調節困難」「過度のリスク選択」という「DESNOS」の「感情および衝動の調節の変化」に該当しますよね。

 

このように、表面に現れた症状の背景に、生育歴や元々どんな人だったのか、との関連をみていくと、どう間違っても「うつ」という診断にはなりません。

 

この時点では、セリさんには「愛着外傷(愛着トラウマ)」の存在は明らかですが、記載された症状だけをみると、セリさんはPTSD特有の症状である「再体験症状(フラッシュバック)」「回避症状(出来事の想起刺激となる事物や状況の回避)」「過覚醒(警戒心・驚愕反応など脅威の感覚)」を欠いていますから、「複雑性PTSD」とは診断できません。

そのため、「DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)」と診断するのが妥当ではないか、と考えられるのです。

 

 

複雑性PTSD、発達性トラウマ障害など、愛着関連のトラウマや愛着の問題、発達障害との関係についての一般向けの書籍は『発達障がいとトラウマ』を参照してくださいね。

 

 

院長

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