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強迫症状と愛着関連トラウマ(2021.10.13更新)

一般に、精神科医療では、抗うつ薬も抗不安薬も十分量を投与しなければ効果がない、と信じられ、多剤・大量処方になってしまいがちでした。

 

しかし2019年に京都大学のグループから、抗うつ薬の効果は承認範囲の低めまでは投与量の増加に従って効果が増加するものの、それ以上投与しても効果は増えないかむしろ減少すること、が報告されました。

さらに、副作用による脱落については投与量を増やせば急激に増加する、という研究結果が示され、センセーションを巻き起こしました。(『抗うつ薬の投与量は承認範囲でも低めが最適と判明』参照)

 

さて、セリさんは6軒目となる医療機関で、ようやく自身の問題に肉薄することができたようです。

早速、読んでいきましょう。

 

扉を開けると、坊主頭の快活そうな医師が私たちを迎えた。藁にもすがる思いで、症状を伝える。

すると、医師は、私にさらりと「強迫性障害」の診断を下した。インターネットで調べた病名が、ついに私についた。

そして、医師は、熱いまなざしでこう言った。
「大丈夫。治りますよ」

思わず、口が開く。 「え、これ、治るんですか?」

医師は力強くうなずいた。

「もちろんです。一緒にがんばりましょう」
私の目から涙があふれる。振り向くと、彼も目を赤くしていた。

咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房

 

治療者からこのように言われたら、ホッと安心してしまいますよね。

これまで5軒の医療機関で「うつ」としか言われなかったセリさんにとって、ようやくこれで苦しみから解放されると感じられたのではないでしょうか。

 

強迫性障害の治療は、抗うつ薬を最大量で投与し、それで効果が得られないようであったら向精神薬を併用することが一般的です。

行動療法による専門的治療を行っていらっしゃる高名な先生もいらっしゃいますが、一般的な医療機関では薬物療法で症状を軽減するのが精一杯でしょう。

 

そもそもセリさんの強迫症状は、自分が「女性」としてセックスを要求されないことの代償として出現してきました。

この強迫症状を自己治療の方略と考えると、信頼障害、あるいは愛着の傷つきを抱えるセリさんが、自分だけの力でなんとか不安を緩和したのではないか、と考えられるのです。

 

根本にある問題に触れられずに、表面に表れた症状だけで強迫性障害と診断されたセリさんは、通常の強迫性障害の治療法である最大量の抗うつ薬によって状態は悪化してしまったようです。

 

だけど、そう簡単にはいかなかった。治療は困難をきわめた。

処方された薬が体に合わず、ひどい副作用が表れたのだ。

医師に伝えても、「治療のため」だと聞き入れてもらえない。私は泣きながら家に帰り、頭痛と吐き気に耐えた。彼が心配そうに、水を持ってくるが、起き上がることもできなかった。

咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房

 

福井子どものこころ研究所の杉山先生は、「治療に用いられる通常量の処方を行った場合、たとえば抗うつ薬の処方によって気分変動が悪化する、抗不安薬の処方によって意識水準が下がり行動化傾向が促進されるなど、副作用の方が目立つ状況となる」と述べていらっしゃいます。(『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』)

 

ASD特性に伴う不安抑うつ状態を「うつ病」と診断され、常用量の抗うつ薬と抗不安薬を投与された患者さんが混乱して発作的に飛び降りようとしたり、激越な怒り発作を起こして暴れ、「双極性障害」あるいは「パーソナリティ障害」の診断で、措置入院あるいは医療保護入院となったケースを何例も見てきました。

 

おそらく抗うつ薬の最大量投与によって、トラウマを基盤とするセリさんの状態は、日常生活も営めないほど悪化してしまったようです。

 

抗うつ薬により弱ってしまったセリさんにとって、さらに気づかないうちに関係性の中に持ち込まれたエナクトメントにより、治療者との関係が苦しいものに変容してしまったのです。

 

「あれをしろ」「これをするな」医師に強く言われるたび、私の心はどんどん萎縮していった。医師の後に、怒ってばかりだった父の姿が見える。

咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房

 

「無秩序—恐れ型」の愛着スタイルに取り込まれてしまっていたセリさんは、医師に「怒ってばかりいた父」、つまり、「条件つきの愛情」を強要してくる父と治療者を重ねて見てしまい、さらに苦しい状態に陥ってしまったようです。

 

同時に、治療者もエナクトメントに巻き込まれてしまい、「怒ってばかりいた父」の役割に同一化させられてしてしまっていたようです。

 

ある日、私は、がまんできず、再度医師に尋ねた。
「私は、何の病気なんでしょうか?」

医師は、少し考えると、応えた。
「強迫性障害と、もうひとつ、ありますね」

ぽかんとなる。

「もうひとつ?それは何ですか?」

ところが、医師は言い放った。
「それは言えません」

絶句した。自分の病気のことなのに?

咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房

 

このやりとりのように、治療者がエナクトメントを自覚できないと、知らず知らずのうちに虐待者の役割を取らされてしまう関係性に呑み込まれてしまい、患者さんはさらなるトラウマ体験の中に閉じ込められてしまうのです。

 

トラウマの精神療法では、言語的に表出された背後にある思いや心の動きをくみ取るメンタライジング的なアプローチが必要不可欠です。

しかし残念ながらこの治療者は、精神療法のトレーニングを受けた治療者ではなかったようで、セリさんはさらに混乱の中に陥ってしまいました。

 

 

複雑性PTSD、発達性トラウマ障害など、愛着関連のトラウマや愛着の問題、発達障害との関係についての一般向けの書籍は『発達障がいとトラウマ』を参照してくださいね。

 

 

院長

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