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「関係トラウマ(外傷的育ち)」の心的等価モードと思いこみ(2021.04.07更新)

「複雑性PTSD」「気分変調症」と関係トラウマ(外傷的育ち)』で、「関係トラウマ(外傷的育ち)」のうち、「気分変調症」特有の考え方のパターンは、「心的等価モード」と「思いこみ」であることを説明しました。

 

「心的等価モード」については、このブログでも何度か登場したことがあるキーワードですよね。

心的等価モード」とは、心で思ったことがそのまま外的現実であると体験されるような捉え方です。(『メンタライジング・アプローチ入門〜愛着理論を生かす心理療法』)

 

こころの健康クリニック芝大門での対人関係療法による治療の時にも話したりしていますが、「心的等価モード」の例が面白いので、ちょっと引用してみます。

 

何年か前、第二著者の息子が4歳くらいの頃、彼は、著者の海外旅行からの帰りにバットマンの衣装を買ってきてほしいとせがんだ。著者は、息子を喜ばせたくて、かなり努力をして、舞台衣装を売る店でバットマンの衣装を見つけた。

著者が帰宅するとすぐ息子はそれを試着したが、鏡に映った自分の姿を見て、大声で叫び、ただちにそれを脱がして片づけてくれるように要求した。

それから、彼は、母親の古いスカートを肩のまわりにまとい、バットマンになったふりをして、幸せそうに走り回った。

その高い衣装をまとうと、彼はバットマンに見えたので、バットマンそのものだったのである。これが心的等価である。

アレン、フォナギー、ベイトマン『メンタライジングの理論と臨床〜精神分析・愛着理論・発達精神病理学の統合』北大路書房

 

「心的等価モード」では、悪夢やフラッシュバック、パラノイド的な妄想にみられるように、考えが現実のように実感されると、こころの主観的体験の中では恐るべきものして感じられるのです。

 

さらに、「代わりの見方に耐えられない」、あるいは、「自分にまつわる否定的な認知はあまりにも現実的と感じられる」など、複雑性PTSDの「否定的自己概念」と似た「気分変調症」に特有の認知パターンが「心的等価モード」なのです。(『メンタライゼーション実践ガイド〜境界性パーソナリティ障害へのアプローチ』)

 

たとえば『自分やましいことがある時に、「みんなが怒った顔をしている」と感じる。または「みんながぼくを攻撃してくる』と確信する(被害者モード)。(中略)治療においては、「彼のあの発言はこういう意図であり、それ以外は考えられない」など別の思考ができない姿勢も心的等価の1つに数えられます』なども心的等価モードの一例です。(『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服』)

 

「関係トラウマ(外傷的育ち)」の「気分変調症」特有の考え方のパターンのもう1つの特徴である「思いこみ」は、「プリテンド・モード(ふりをするモード)」と呼ばれる「疑似メンタライゼーション」の土台となります。

 

過去の重要な関係性の中で確立されてきた、もともともっている思いこみは、現在の関係性の中にある有害な要素を見つけだして、それらを増幅させてしまうのです。

ささいなことも含めてすべてのものが、その「思いこみ」にフィードバックされて、「誰も信用できない!」または「みんなそうだというのは明らかなことだ」と思ってしまいます。

ゴンザレス『複雑性トラウマ・愛着・解離がわかる本』日本評論社

 

「プリテンド・モード(ふりをするモード)」は、トラウマ関連の空虚感、無意味感、解離に関係するとされています。

思考内容と感情が対応しておらず(心的現実と外的現実が分離)、治療の場面ではとりとめなく取るに足りない思考や感情を話し、矛盾する信念(思いこみ)を同時に持っていることが特徴であるとされます。(『メンタライゼーション実践ガイド〜境界性パーソナリティ障害へのアプローチ』)

 

たとえば、上司が職場で怒鳴ったら、彼の反応は自分と何か関係があるかもしれないと思うかもしれませんが、ほかにありうる理由についても考えます。

「どうして彼はいつも私のうしろにいるのだろう?」と考えたり、彼の気性の荒さを、無意識のうちに自分の家族の叫び声と関連づけたりしないようにします。

逆に、「この人には自己制御の問題がある」「今日、彼に何があったのだろう?」と思えば良いのです。このように考えることは、必然的に問題の一部を他者の側に置くことになります。

このことは、問題はいつも自分の側になって、それゆえに「周囲の人は自分を悪く言う」と思っているよりも、はるかに気持ち的に余裕のある距離感をとることに役立ちます。

ゴンザレス『複雑性トラウマ・愛着・解離がわかる本』日本評論社

 

上記の引用で、「この人には自己制御の問題がある」という捉え方が、「疑似メンタライジングモード」、つまり「プリテンド・モード(ふりをするモード)」です。「相手が○○だ」と考えることは、「自己関連づけ」による「被害者モード」に陥るよりもまだマシですが、このやり方ではシックリと腑に落ちることはないようです。

 

ある上司の自問です。

「私は最近、やたらと1人の部下に辛く当たってしまう。彼だけがそこまでできていないわけじゃないのに」

一方で、その当たられている部下も慮ろうとします。

「上司がやたらと僕ばかりを責める。ケンカして辞めちゃいたいけど、その前に、なんでなんだろう?」

 

上司の方はどうでしょう。「いや、彼のミスは重大なものが多いから腹が立って当然だ」「どうも私は彼のことが生理的に受け付けない」などと考えてしまいます。

一方の部下は、「僕のことを憎んでるんだ」「不当に差別されている」「ああいう方法でしか自分のストレス解消ができないんだ、可哀想な人だ」などと考えてみます。

しかり両者ともしっくりと腑に落ちることはなく、お互いの溝は深まるばかりです。これは残念ながらしっかりと心に根ざしたメンタライジングができていないせいです。

崔『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服』星和書店

 

上司からみると部下には何らかの問題がありそうにも見えます。一方、部下の立場で考えてみると、上司にも何らかの問題があるようにも思えます。

 

このような、どこにでもあるような職場の人間関係のトラブルに対しては、どのようにメンタライズすればいいのでしょうか。みなさんも考えてみてくださいね。

 

院長

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