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家族が患者さんに怒りを感じた時(2020.10.02更新)

今日は、家族やパートナーの皆さんが患者さんに怒りを感じた時、ぜひ知っておいてほしいと思うことを書いてみたいと思います。

 

これまで摂食障害に苦しむ患者さんだけでなく、そのご家族のお話を伺う機会も多くいただきました。その中で、なかなか患者さんの病状が改善しないことに対し、ご家族が主治医や患者さん本人に怒りを露わにする場面に度々遭遇します。

例えば、なかなか食事が進まず低体重が持続している患者さんや過食嘔吐で苦しむ患者さんを前に、食欲の出る薬(もしくは食欲を抑える薬)を出してくれと言うご家族もいらっしゃいます。また過食嘔吐をするなと繰り返し患者さんを叱るご家族もいらっしゃいます。

 

事実私も、中学高校時代は両親から過食嘔吐するなと数え切れないほど怒鳴られていました。確かにどんどんやせ細っていく患者さんや、1日に何度も過食嘔吐をしている患者さんを一番近くで見ていらっしゃるご家族としては、この状況を何とかしてほしいという想いを抱かれることもよく理解できます。

ただ、実際はご家族がこの状況を何とかしようと思えば思うほど、患者さんはますます病気の殻に閉じこもってしまうことも少なくありません。

 

『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』の中では、丸太の例えを使ってこんなふうに説明していますよね。

しかし実際のところ、急に丸太を手放すのは良い方法ではありません。もしいきなり手放して岸に向かって泳ぎだしたとしても、半分くらい来たところで疲れ果てて泳げなくなってしまったらどうしますか?もう丸太のところまで戻ることもできません。多くの女性がいつまでも丸太にしがみついている自分に失望しますし、友達、家族、そして医療従事者までもが、いつまでも「抵抗」していることに苛立ちます。

それは誰もが、乱れた食行動という丸太にしがみついている執拗さを、性格上の欠点だと決めつけているからです。しかし実際、これは手放すにはもっといろいろな準備が必要だ、というサインなのです。

乱れた食行動の克服において重要なのは、抵抗があってもそれを非難するのではなく、抵抗の背景に潜んでいる理由を探るなど、ある意味、抵抗を尊重することです。

アニータ・ジョンストン著 『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』より

 

しかし当初は患者さん本人でさえ、症状の意味や役割に気がついていないことが多いものです。ですから単に食行動や症状をなくそうとするのではなく、症状は自分にとってどんな意味がありどんな役割を果たしているのかを本人がしっかり理解することがとても大切なのです。

 

それができてはじめて、過食やダイエット、食べ物に執着せずに生きるために、どのようなスキルを身に着ける必要があるのかを知ることができるのです。

アニータ・ジョンストン著 『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』より

 

その準備ができていない状態のまま、症状だけを手放しなさいといくら周りが言っても、本人にとっては「やっぱり家族は私の気持ちを分かってくれない」と感じ、ますます孤独を深め、病気とのつながりを強めてしまうことになりかねないのです。

 

また、なかなか変化が見られないように感じて患者さんに対し怒りが湧いた時、その感情の根っこにあるものは何なのかを見ることが大切だと思います。

例えば、仮にお子さんが痩せてしまって学校に通えなくなっているとします。お母さんは、「このまま学校に通えない状態が続いたら留年してしまうかもしれない」「退学になってしまうかもしれない」と心配されます。

なのに子どもは頑として食べてくれない。自分はこんなに心配して夜も眠れないのに、子どもは全く言うことを訊いてくれない。そうすると段々イライラしてきてしまう…。

 

この例を振り返ってみると、「留年するかもしれない」「退学になってしまうかもしれない」という不安はお子さんのものではなくお母さんのものなんですよね。そして、思い通りにならない状況にイライラしてしまっているのもお母さんですよね。

つまり、これは「子ども」ではなく「お母さん自身の中で起きていること」ということになりますよね。たとえ子どもであっても「自分以外の人間を変えることはできない」という大前提に立ったうえで、お子さんはお子さん自身の課題に取り組むことが必要ですし、ご家族はご家族として自分自身の課題に向き合うことが大切なのではないでしょうか。

 

以前ある患者さんのお母さんがこんな話をしてくださいました。

『娘が過食嘔吐している姿に、自分はなぜこんなにも心がかき乱されてしまうのかを考えてみました。そしたら私が子供の頃、具合が悪くて吐いてしまうとその度に母に「汚い、汚い」言われていました。病院の待合室で待っていた時に吐きそうになった時は、外で吐いてきなさいと言われて、一人で下水のところまで行って吐いたこともありました。それを思い出したら、娘の吐いている姿にこんなにも反応してしまう理由が分かった気がしました。』

お子さんの相談としてやってきていたお母さんが、いつしか自分自身の課題と向き合っている姿に、私は心を打たれました。

 

状況がなかなか変化していないように見えるとき、患者さんへの心配や慈しみを通り越して、家族やパートナーの心の中に怒りの感情が湧いてくることもあるでしょう。繰り返しになりますが、そういう時こそ、「自分以外の人間を変えることはできない」けれど「自分は変わることができる」ことを思い出してほしいと思います。

そして、人はそれぞれ自分の荷物を持って(他人の荷物は持てない)、自分の足で歩いていくのだということをお互いに理解することが大切ではないでしょうか。

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