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逆境的小児期体験による愛着トラウマの治療の実際

[2023.01.16]

巷間、診断をよく耳にする“愛着障害”については、精神医学における疾患診断とは異なる概念」であることがしきりに強調されています。

 

しかし、対人関係構築困難という自閉スペクトラム(AS)特性を有する人たちは、「自分には愛着の問題があるのかもしれない」と思われることが多いようです。桑原. ASとトラウマ. in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

対人関係構築困難については、「自閉スペクトラム症の最初の報告から他者との情緒的つながりをもたず、それを求めず人より物への興味をもつという、他者に対する情緒的アタッチメントが障害されていることが、疾患的特徴の1つとしてKannerによって記述された」とされます。田中. ASとアタッチメント. in 本田・編『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

自閉スペクトラム(AS)特性に伴う愛着の問題

では、カナーによって記載された自閉スペクトラム(AS)特性に伴う愛着の障害とはどのようなものなのでしょうか。

 

Kannerはその報告(註:「情緒的接触の自閉的障害(Autistic disturbance of affective contact)」)の中で特徴について次のように述べている。

「人生の初めから人との関係を持つことができず、極端な孤独を特徴とする。外界の刺激に反応がなく、親が抱き上げたときに期待した姿勢が取れない。人との情緒的接触を拒否し、人よりは写真、物体に興味をもつ」「同一性保持の強迫的願望に支配されている。日課、家具の配置、様式、行動の順序など同じ状態であることに固執し、変化を恐れ、その完全性が乱されるとパニックに陥る。興味の対象も常に同じで、特定の物にこだわり続ける。行動のパタンも紙や紐を一日中ひらひらさせるなど、常同的である。特定の関心のある事項には優れた記憶や知識を持っていて周囲を驚かせることがある」。

田中. ASとアタッチメント. in 本田・編『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

典型的なASD特性、対人相互性の発達が阻害された自閉的障害が説明されていますよね。

 

反応性アタッチメント障害の診断基準とASD特性の違い

DSM-5の反応性アタッチメント障害の症状は以下のように記載されています。

 

A.以下の両方によって明らかにされる、大人の養育者に対する抑制され情動的に引きこもった行動の一貫した様式:

(1)苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽を求めない。

(2)苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽に反応しない。

B.以下のうち少なくとも2つによって特徴づけられる持続的な対人交流と情動の障害

(1)他者に対する最小限の対人交流と情動の反応

(2)制限された陽性の感情

(3)大人の養育者との威嚇的でない交流の間でも、説明できない明らかないらだたしさ、悲しみ、または恐怖のエピソードがある。

 

典型的なASD特性では「人よりも物に興味がある」ため、対人相互性の発達が阻害され、一見「反応性アタッチメント障害」のようにも見えることがあることがあるため注意を要する、と示されています。

 

現在の操作的診断基準におけるアタッチメント障害が指し示しているものは、乳幼児期あるいは子ども時代に、アタッチメント対象が得られなかったか、アタッチメント対象がその機能を果たさなかった場合に生じた、その人の行動特徴である。

DSM-5では反応性アタッチメント障害と脱抑制型対人交流障害として捉えられ、前者では対人交流からの引きこもり、後者では無分別、無選択な対人交流がその特徴とされている。

(中略)

この反応性アタッチメント障害の行動様式は自閉スペクトラム症の子どもに類似し、脱抑制型対人交流障害の行動特徴は注意欠如多動症に類似するために、鑑別が必要であることが診断基準に記されている。

田中. ASとアタッチメント. in 本田・編『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版

 

「反応性アタッチメント障害」の診断基準で、前述の「対人交流からの引きこもり」という特徴はASD特性と非常に類似しているので、「反応性アタッチメント障害」を診断する場合には、ASDの診断を否定する必要があります。

 

C. その子どもは以下のうち少なくとも1つによって示される不十分な養育の極端な様式を経験している。

(1) 安楽、刺激、および愛情に対する基本的な情動欲求が養育する大人によって満たされることが持続的に欠落するという形の社会的ネグレクトまたは剥奪

(2)安定したアタッチメント形成の機会を制限することになる、主たる養育者の頻回な変更(例:里親による養育の頻繁な交代)

(3) 選択的アタッチメントを形成する機会を極端に制限することになる、普通でない状況における養育(例:養育者に対して子どもの比率が高い施設)

D. 基準Cにあげた養育が基準Aにあげた行動障害の原因であるとみなされる(例:基準Aにあげた障害が基準Cにあげた適切な養育の欠落に続いて始まった)。

 

反応性アタッチメント障害が重度のネグレクトを受けた子どもの母集団の中にでさえ一般的ではなく、10%未満にしか生じない」とされています。

 

臨床場面で出会うアタッチメントの傷つきは、逆境的小児期体験に伴う「発達性トラウマ障害」としての病態の中で、対人関係パターンが繰り返されることがテーマになってきます。

 

アタッチメントの傷つき体験はどのような臨床像を呈するか

愛着(アタッチメント)のアンビヴァレンスと傷つき体験』でも触れましたが、対人関係トラウマ(愛着トラウマ)による愛着の問題は、具体的にどのような臨床的な問題を引き起こすのかについて、複数のケースを合わせ、細部は変更した仮想ケースを提示してみます。

 

発達性トラウマ障害として治療している30代前半のある患者さんは、小学校低学年の頃に両親が離婚し母親に引き取られました。母が帰宅しない日が続き、空腹を抱え学校の給食が唯一の食事時間だったといいます。

1年ほどして父方祖母に引き取られましたが、祖母からの虐待が続き学校から児童相談所に連絡が入り、児童養護施設に入所することになりました。

小学校高学年の時に里親の元に身を寄せましたが、数か月で養護施設に戻ったそうです。

施設に併設された中学に通い、高校入学とともに再婚した父親に引き取られましたが、継母から冷遇され居場所がなかったといいます。

高校を卒業する前から、体を売ってお小遣いを稼ぐようになり、大学入学後は、性依存に陥り見知らぬ男性との性行為を繰り返していました。「この頃は自分を傷つけるためにセックスをしていた」とおっしゃいます。

交際相手との関係も、一日でも性行為がないと相手に対する暴言暴力が頻発し、警察を呼ばれたことも何度かあったそうです。

その後は、自傷行為や摂食障害、アルコール依存などで医療機関を転々としていました。付いた診断は、双極性障害、パニック障害、境界性パーソナリティ障害、解離性同一性障害、摂食障害、アルコールおよび薬物依存症など、さまざまでした。

多剤大量投薬を受けられており、抗不安薬依存が生じて過量服薬を起こして閉鎖病棟に入院となりました。

状態が落ち着いたため、退院後の通院先としてこころの健康クリニック芝大門を受診されたのでした。

 

ため息が出るような生育歴ですよね。

他者に対するアンビバレントで混乱した関係のとり方とともに、アルコールや薬物、摂食障害や自傷行為など、人を信じられないために自己慰撫のための手段が物や行動で表現されていますよね、

 

「反応性アタッチメント障害が重度のネグレクトを受けた子どもの母集団の中にでさえ一般的ではなく、10%未満にしか生じない」と言われるように、この方たちは、愛着障害(反応性アタッチメント障害と脱抑制型対人交流障害)の出来事基準(基準C)を満たすものの、臨床像は診断基準(基準A, B)を一部しか満たしません。

 

皆さんが一般向けの本を読んで想像される「反応性アタッチメント障害」や「脱抑制型対人交流障害(今回は診断基準を渇愛しました)」のイメージとはかけ離れたものだったと思います。

このようなことから、「巷間、診断をよく耳にする“愛着障害”については、精神医学における疾患診断とは異なる概念」と言われるのです。

 

アタッチメントが存在しても有効に機能しなかったアタッチメントの傷つき体験は、上記の例のように、「境界性パーソナリティ障害」と見紛うような「反応性アタッチメント障害」のような臨床像を呈することが多いのです。

 

院長

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