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発達性トラウマ障害と「ASD/ADHD」特性

[2022.02.28]

福井大学子どものこころ研究所の杉山先生は、「子ども虐待の後遺症は、1つはフラッシュバックであり、もう1つは愛着障害と総括される問題である」と述べられています。(杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社)

 

被虐待児童では、安定的なアタッチメント対象が得られにくいだけでなく、加えてトラウマや傷つき体験も数多く経験されることになります。

 

その結果、ストレスに対する防衛手段が十分に形成されないまま、過覚醒症状、嫌悪記憶の想起、回避症状などのPTSD症状や、認知の変化(「自分が悪かったと責める」「世の中は危険だと猜疑的になる」などの「自己組織化の障害(DSO)」)の症状を呈するようになってしまいます。(小平. 「発達性トラウマ障害の背景と理解」第117回日本精神神経学会学術総会)

 

この一つが愛着関係の障害として表現される「発達障害(ASD/ADHD)」であり、もう一つが「複雑性PTSD」です。

 

子ども虐待によって引き起こされる病理は、広い臨床像を呈することになる。しかし、トラウマによる影響という発達精神病理学的視点でその臨床像の推移を見れば、同一の子どもがさまざまな臨床像を変遷していくという事実、発達精神病理学でいう、異型連続性(heterotypic continuity)が認められ、実は同じ根源から生じていることが示される。

この広範な臨床像をもたらすものを圧縮して述べれば、一つは愛着障害であり、もう一つが複雑性のトラウマ体験である。

(中略)

被虐待児が、その異型連続性のなかで、とくに学童期において、発達障害の臨床像を示すということである。
このような症例において、一般的には多動性の行動障害、つまりADHDの臨床像と、非社会的行動、すなわちASDの臨床像とを共に呈するようになる。

(中略)

重要なのは、子ども虐待の後遺症が診断カテゴリーを越えて広い臨床像をつくる、ということである。

これまでの議論をまとめると、その一部は愛着障害によってもたらされる発達障害の臨床像であり、一部は複雑性トラウマによってもたらされる複雑性PTSDの臨床像である。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

なぜか一般にはADHDの方が受け入れられやすいようで、ASD特性に対して友人や同僚からADHDではないか?と指摘されたと受診される方も多いようです。

 

前掲書で「入所児において、どの年度も一貫してASD陽性者75%、ADHD陽性者50%、そのいずれかが陽性である者は8割を超えた」「ASDとADHDを別のものと考えるよりも一つのグループのサブタイプと考えた方が、矛盾が少ない」とあるように、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如/多動症)は、本来、同じような認知特性を有する状態の表現型の違いと考えることができるようです。

 

コミュニケーション障害という視点からASD/ADHDの特徴を見てみよう。

ASD/ADHDのコミュニケーション障害の中核は、注意の障害にある。

「自閉症の」認知的特徴の上に展開されるパターンではなく、注意の維持機能に中核的障害があり、そのために、逆にある事柄に注意がロックされた場合、柔軟に切り替えることが難しい。その結果、典型的には二つの処理が同時にできないという症状を共通に有することになる。

時間的な見通しの苦手さや、空間的な認識の障害も、この注意の障害から生じている。衝動性の問題も、行動のみに注意が振り向けられ、他の情動処理が止まった状態になると考えられる。

この注意の障害によって生じる非社会的行動に注目すればASDとなり、衝動性に注目すればADHDになる。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

虐待や逆境的小児期体験の文脈で「ASD/ADHD」特性が前面に出ている場合、「発達性トラウマ障害」と呼ばれます。

 

「発達性トラウマ障害」の診断概念は、①感情および身体調節の障害、②注意と行動の調節障害、③自己および対人関係における調節障害、④トラウマ関連症状の存在を認め、そのために様々な領域において問題を呈しているもの、とされています。

 

つまり「発達性トラウマ障害」はPTSDの症状基準を完全には満たさないものの、感情調節不全、愛着関係の障害も含む対人関係の障害、否定的自己概念などの「自己組織化の障害(DSO)」症状を中心として、注意と行動の調節障害(「ASD/ADHD」特性)が目立つもの、といえるようです。

 

成人の臨床でよくみられる経過としては、小児期のトラウマ体験(虐待など小児期逆境体験やいじめなどの家庭外の逆境体験)⇒愛着障害・トラウマ反応⇒思春期以降のトラウマ体験⇒トラウマ反応+従来の精神疾患というものがある。

虐待などの小児期逆境体験は、愛着障害やトラウマ反応を引き起こしやすいだけでなく、さらには成人の不安症、うつ病、統合失調症、物質依存症などを引き起こしやすい。

発達障害と愛着障害は、相互に影響し合い、愛着形成・対人関係形成と発達を困難なものとしやすい。

青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』医学書院

 

ASD/ADHD特性を伴う「発達性トラウマ障害」は、「臨床像は何でもありであり、診断カテゴリーをまたぐ。おそらくこれこそが、発達性トラウマ障害や(註:ハーマンの)複雑性PTSDが、これまで国際的診断基準に取り上げられなかった理由なのではないかと思う」と『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』で述べられています。

 

「ASD/ADHD」特性が強い人の中には、生命の危機に関わるトラウマ(心的外傷)とは認識できない出来事、たとえば遊びの中での嫌だった体験もトラウマではないか?とおっしゃる方もいらっしゃいます。

 

ある出来事が、いくつかの条件のもとにトラウマ(心的外傷)となり、トラウマ反応を生み出す。

その一つに、①PTSD(心的外傷後ストレス障害)があるが、②それには収まらないより重いもの(複雑性PTSDなど)や、③より軽いもの(さまざまな人生のつらい出来事や理不尽な出来事に対する反応)がある。

①と②は病気であるが、③は「苦しみ」ではあるが病気ではない(あえて診断をつけるとなれば適応障害となるだろうか。閾値下PTSD)

青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』医学書院

 

トラウマ関連障害の臨床の中では、PTSDや複雑性PTSD、あるいは「発達性トラウマ障害」よりも、「ASD/ADHD」特性を持つ人たちの「閾値下PTSD」と呼ばれる適応障害(あるいは適応不全)が最も多いような印象を持っています。

 

「閾値下PTSD(適応障害あるいは適応不全)」もまた、診断カテゴリーを横断するさまざまな病態を呈しますから、次回以降は不安障害、うつ病や双極性障害などとの関係をみていきましょう。

 

院長

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