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大人の愛着障害と愛着スペクトラム

[2023.10.09]

スポーツの日の連休なので、軽い読み物を書いてみます。

 

こころの健康クリニック芝大門で「複雑性PTSD」と診断し治療を継続中の患者さんがいらっしゃいます。

この方は、神田橋処方(変法)と他の薬物の併用によってPTSD症状(フラッシュバック)も落ち着いて、内在性解離(第二次構造的解離)の統合治療も終わりました。

今は自己組織化の障害の一環で、愛着(アタッチメント)の修復に関する治療を続けています。

 

あるとき、患者さんから聞かれました。

インターネットで見たんですけど、大人の愛着障害ってあるんですか?

 

その時は、「愛着障害と愛着の障害・・・・・は違うので、もしかすると、[愛着の傷つき]と[愛着の混乱]、そして[愛着対象の欠如]をそのサイトは混同しているのかも知れませんね」とお答えしました。

 

後に患者さんから教えられたサイトを見ると、間違ったことが書かれていて、開いた口が塞がりませんでした。

今回は少しだけ、「愛着障害(反応性アタッチメント障害)」の誤解について解説してみたいと思います。

 

愛着障害(反応性アタッチメント障害)とは何だろうか?

反応性愛着障害は、幼児期における著しく異常な愛着行動を特徴とし、著しく不十分な養育歴(例えば、重度のネグレクト、虐待、施設での剥奪)の中で起こる。

適切な主養育者が新たに得られた場合でも、子どもは主養育者に慰め、支え、養育を求めず、どのような大人に対しても安心感を求める行動をほとんど示さず、慰めを提供されても反応しない。

反応性愛着障害は子どもでのみ診断され、その特徴は生後5年以内に発現する。

しかし、選択的愛着の能力が十分に発達していない1歳以前(または発達年齢が9ヵ月未満)、あるいは自閉症スペクトラム障害との関連では、この障害を診断することはできない。

山下洋, 小児期のアタッチメント/トラウマと成人期の対人関係. 精神科治療学 33(4):410-427, 2018

 

愛着障害(反応性アタッチメント障害)」は、上記の説明のように、「社会的ネグレクトおよび剥奪」、つまり「ほとんどケアをされない孤児院で育てられたり、重度の虐待を体験したなど、養育の欠如や特定の養育者と一度もアタッチメントを発達させられなかった」という出来事基準を満たし、5歳未満で発症することが診断の必須条件となっています。

 

また、DSMM-5では、このような重度のネグレクトを経験した子どもの10%未満にしか生じないとされています。一方、リヒタースとボルクマーは、「反応性アタッチメント障害」は愛着対象すら持っていないと推測されることから、一般児童の罹患率を1%以下と推定しています。

このように「愛着障害(反応性アタッチメント障害)」は、非情に稀なうえに、診断が難しいのです。

 

愛着障害の診断は原理的に難しい。アタッチメントシステムが作動していないことが、したがってアタッチメント行動が、誰に対しても生じないことを証明しなければならないからである。まるで悪魔の証明みたいだ、とよく思う。

(中略)

ただただ、生まれ落ちてきたこの世界に、生物学的に前提とされているはずの対象が存在しない、その欠乏を意味している。仮死状態のアタッチメントシステム。

工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.

 

アタッチメントが生じていない状態が「反応性アタッチメント障害」です。

ジーナーらは、果たしてそれはアタッチメントの障害・・・・・・・・・・と言えるかどうかの根本的な疑問がある、と述べています。(本間,小野. 『子ども虐待と関連する精神障害』中山書店)

上記の引用にある「悪魔の証明みたいだ」と言われる所以です。

 

アタッチメントのタイプと適応水準の違いによるスペクトラム

ジーナーらはDSMの「愛着障害(反応性アタッチメント障害)」を批判的に検討し、養育者に愛着を持っているものの、その愛着関係が著しく不適応である子どもたちは「反応性アタッチメント障害」に含まれず、見過ごされる可能性があるとして、独自の「愛着(アタッチメント)障害」の概念を提唱しました。(本間,小野. 『子ども虐待と関連する精神障害』中山書店)

 

両者の関係(註:不安定型アタッチメントと反応性アタッチメント障害)を整理する視点として、ボリスとジーナーは両者を「スペクトラム」として位置づけることを提案しています。

つまり、安定型→回避型・アンビヴァレント(抵抗)型→無秩序型→アタッチメント障害(ジーナーらの独自の概念である「安心の基地の歪み」)→アタッチメント障害(DSMにおける反応性アタッチメント障害と脱抑制性対人交流障害)というように、安定型から不安定型へ、そしてアタッチメント障害までを連続したものと捉えようとする視点です。

三上.『臨床に活かすアタッチメント』岩崎学術出版社

 

ジーナーらが提唱した「愛着(アタッチメント)障害」には、(1)選択的なアタッチメントは形成するものの著しく不適応である「安全基地のゆがみ」と、(2)アタッチメント対象の喪失・分離にともなう「混乱型アタッチメント障害」、が含まれます。

 

安全基地のゆがみ」は、おそれによって特徴付けられた抑制と過服従と喜びの欠如した強度の用心深さが特徴の[抑制された]タイプと、無鉄砲で事故を起こしやすく関係性の文脈では攻撃的な行動を示す[自己を危険にさらす]タイプ、そして、自分自身や他者の世話をよくすると思うと命令調で懲罰的行動を示す[役割逆転]タイプが含まれます。(本間,小野. 『子ども虐待と関連する精神障害』中山書店)

 

混乱型アタッチメント障害」は、他者からの慰めを受け入れない、情緒的引きこもり、睡眠や摂食の障害、発達の退行、などが特徴とされます。(本間,小野. 『子ども虐待と関連する精神障害』中山書店)

 

無秩序・無方向型(D型)」のアタッチメントは、3歳頃から徐々に、養育者に対する過度の世話や懲罰的な態度からなる統制型へと変じ始めることが知られていることから、ジーナーはこのような特性をひな形として、愛着スペクトラム障害の中に「安全基地のゆがみ」として位置づけたのかもしれません。(遠藤. アタッチメント理論の現在. 教育心理学年報 49: 150-161, 2010)

 

そしてボリスとジーナーらは、愛着(アタッチメント)タイプを、適応水準の違いによって、「スペクトラム」として位置づけることを提案したのです。

 

仮死状態のアタッチメントとアタッチメントの混乱・傷つき

仮死状態のアタッチメントと、混乱をきたしたアタッチメントは同一ではない。

前者の課題はアタッチメントシステムが息を吹き返すことであり、後者の課題は混乱が仕分けされることである。

前者の手立ては継続した養育関係を提供することにあり、後者の手立ては恐怖に満ちた敵意と無力のただ中でニードを拾い上げることにある。

これらとアタッチメントの傷つきともまた、同一ではない。そのことが見立てられる必要がある。

工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.

 

上記の引用で[仮死状態のアタッチメント]が「反応性アタッチメント障害」に該当します。

そして、[混乱をきたしたアタッチメント]はジーナーらが提唱する「安全基地のゆがみ」と「混乱型アタッチメント障害」です。

[タッチメントの傷つき]は、『愛着トラウマと愛着パターンとデスノス(極度ストレス障害)』で説明した「無秩序・無方向型(D型)」のアタッチメントに相当するようです。(生野. 愛着障害の世代間伝達. 精神科 33(4) 305-310, 2018)

 

最終的にいずれにおいても、悲しみが悲しまれ、痛みが悼まれることが必要であるとしても、広く愛着障害と概念化することは、見立てと手立てにおける問題を引き起こす。

結果として助けを必要とする人物は間違った道筋を辿ることになる。

これを誤用する専門家はその責めを負う。専門家であるとはそういうことではないだろうか。

工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.

 

[仮死状態のアタッチメント]である「反応性アタッチメント障害」と、ジーナーが提唱した「安全基地のゆがみ」「混乱型アタッチメント障害」など[混乱をきたしたアタッチメント]、そして[愛着トラウマ]による「無秩序・無方向型(D型)」のアタッチメントを、広く「愛着障害」と概念化することによって、診断と治療についての大きな問題が引き起こされています。

 

愛着(アタッチメント)は、小児期では「ストレンジ・シチュエーション(SSP)」、成人期では「成人アタッチメント面接(AAI)」などによって評定されます。

愛着(アタッチメント)は、決して、近赤外線分光法や、FDA(アメリカ食品医薬品局)があくまでもADHDの補助検査として認めたにすぎない(後に否定的な知見が集積されている)定量的脳波検査では診断できないのです。

さらに、反復的経頭蓋磁気刺激療法で、発達障害やADHD、愛着障害が改善するなど、眉唾もいいところです。

精神神経学会も「発達障害圏の疾患(自閉症、ADHD、アスペルガー障害など)やそれに関連する症状、あるいは不安解消や集中力や記憶力の増進などに対する効果は、海外においても確認されていません」と声明を出しています。(参考:https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/Guidelines_for_appropriate_use_of_rTMS.pdf

 

大人の愛着障害→対人関係の問題→自閉症スペクトラム→注意欠如多動症のような、誤った喧伝に乗ってしまうと、助けを必要とする人は間違った道筋を辿ることになり、そして、それを誤用した専門家はその責めを負うことになります。

「愛着障害ではないか?」「愛着障害かもしれない」ということでネットで検索すると、上記のような似而非医療に引っかかってしまいます。

 

辛いと感じていらっしゃる症状についてお伝えいただければ、詳細な診断を行った上で、治療方針、改善に向かう方向性についてご説明できますので、こころの健康クリニック芝大門に問い合わせてみてください。

 

※続編は『大人の愛着障害と不安定型愛着』。

院長

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