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刹那の反転5〜意味づけとエクスポージャー

[2013.01.08]
刹那の反転4〜語りの時間』で、トラウマティックな体験は、0.5秒の遅延の間に起こるはずの「起こった事象を物語り、自分の経験として取り込む」ことが停止し、「受動性から能動性への反転不全」が起きるために、<今>に拘束(過去と未来からの離断)させられた「受動体験」のため、「実感がもてないながらも激しい苦痛だけは確かにある」ということをみてきました。   そのようなトラウマ体験から、私たちはどのように回復していけばいいのか、もうすこし、野間俊一先生の『身体の時間』を読み進めてみましょう。
檜垣の指摘どおり、私たちが偶然という自然の中で生きているとすれば、私たちはつねに無数の「外傷体験」を被っている、と言い換えられるかもしれない。 それでも、その無数の外傷体験がPTSDを引き起こさないのは、そのつど主体的な「賭け」としての態度を能動的にとることによって、偶然に対してなんらかの意味を付与し外傷性を無効にしながら生きているためだと考えることができる。 偶然に対して「とまどう」主体的自己は、主体的な賭に出るために積極的に「ためらう」のである。すなわち、私たちがまさに生き生きと生きられているのは、偶然に対する主体的態度のためなのである。 野間俊一・著『身体の時間』(筑摩選書)
0.5秒の遅延という「ためらい」は「物語る時間」であり、受動性から能動性への転換、つまり「賭け」としての態度を能動的にとることで「意味を付与」(=意味づけをする)という行為によって外傷体験を無効にしながら生きているということですね。   無効にできなかったトラウマ体験は、治療という場で扱われることになりますが、上記の「意味づけをする」能動的な態度こそがエクスポージャー(暴露)の本質のようですね。
つまり、外傷体験後に被害者が苛まれている無力感がなんらかの支援によって和らげられ、他者との結びつきが強固になり孤立感から解放されてくれば、レジリアンスは高まることが期待される。実際、PTSDの治療の基本は、本人に自己コントロール感を取り戻させるような信頼出来る治療関係の確立であると言われる(『心的外傷と回復(増補版)』)。 ただし治療者は、救済者のような万能感をもってもいけないし、過度に同情し被害者と一体化してもいけないし、傍観者としての罪悪感をもってもいけない(『心的外傷と回復(増補版)』)。 心的外傷を被った人は、周囲の人びとから過度に干渉されることなく支援されることが必要なのである。PTSD治療で大事なのは、自分の経験した苦悩をそのまま再体験し、整理し直すことだけではない。 自分の苦悩が基本的なところで他者に共感され、自分の体験と存在が全面的に肯定されることこそが、重要なのである。 野間俊一・著『身体の時間』(筑摩選書)
それでは、外傷発生時にはどのような状態がレジリアンスを高める可能性があるのだろうか。 心的外傷の中核にあるのは、「無力化」と「他者からの離断」であるといわれる(ハーマン『心的外傷と回復(増補版)』)。 災害による被災にしても暴行被害にしても、打ちのめされて自分はなにもできないという無力感と、この苦痛は実際に被害に遭っていないほかの人にはわかってもらえないという孤立感が、外傷被害者に満たされている。 被害者本人に対してその人の脆弱性を指摘することによる「二次外傷」は、じつは、被害者のレジリアンスを損なってしまうという意味でも深刻である。 野間俊一・著『身体の時間』(筑摩選書)
  対人関係療法でもトラウマや愛着障害の治療の際には、「コントロール感を取り戻す」ということを強調し、同時に「ふたたび自分の力を感じられるようになる」エンパワーメントを中心に進んでいきます。 このトラウマからの回復の土台になるのが「共感」ということなのですね。 院長

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