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マインドフルネスで現実に戻る

[2013.12.09]

実は、安心は現在のみにあります。未来には常に未知の要素がありますので、そこには百パーセントの安心はありません。でも、今現在に集中することができると、そこには不安の入り込む余地がなくなるのです。
(中略)
今現在に集中した瞬間、というものを誰でも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。何かに没頭しているようなときもそうですし、人の話にただ夢中で耳を傾けているようなときもそうです。そのようなときには、不安はまったく感じていなかったはずです。気が散り始めると不安がまた始まります。
水島広子『正しく知る 不安障害』技術評論社;2010

と、水島先生は書いておられます。

この時に必要なことは、評価を下したりする思考に気づいたら単に、それを脇に置いて現在に集中するということですよね。

「評価を手放す」とか「別の思考が浮かんできた自分を責めたりせず単に脇に置く」ということで、マインドフルネスとの関連が思い浮かびます。

 

マインドフルネスとはもともと仏教の瞑想で、あるがままにしておく「止(シャマタ)」と観察する「観(ヴィパサナ)」がありますが、現在、心理療法の分野でマインドフルネスというときは後者の「観(ヴィパサナ)」を指しているようです。
参照:『2つのマインドフルネス〜その2』『アウェアネス〜言亡慮絶(ごんもうりょぜつ)2

これまでの研究で、マインドフルネスによる抑うつ低減効果や距離をとるスキル(受容、反応しないこと)が抑うつの低さと関連することが報告されていますし、心身症などの身体感覚や感情への気づきが低下している傾向に対し感覚への気づきを高め、受容することにより緊張が緩み症状が緩和する効果も期待されています。

水島先生がおっしゃっていることは、ヴィパサナのようにラベリングは行わず、シャマタのようにただ過ぎゆくに任せ現在(いま)に戻るということですよね。

社交不安障害が対人関係の病であることは、一目瞭然です。でも、それは、「対人関係のやり取りが不安」という症状面では注目されてきましたが、その人の対人関係が実際のところどうなっているかということは、今まで十分に認識されてこなかった視点だと思います。
社交不安障害の人と周囲の人たちのやり取りを観察すると、「あの人は私の話し方がおかしいと思っているのではないか」というように、「想像上の」相手との関係で頭がいっぱいになっていて、「生の」相手のことはよく見ていなかったり、相手の事情を知ろうとしていなかったりするのです。
社交不安障害の人が感じる孤独感や疎外感、自分には対人関係能力がないという無力感は、実は、症状そのものから来るのではなく、「生の」人間関係が乏しいところから来ているのではないかと思います。
水島広子『対人関係療法でなおす 社交不安障害』創元社(2010)

 

たとえば社交不安障害だけでなく、気分変調性障害を対人関係療法で治療していくとき、水島先生が書かれているようなことが起きてきます。

この時に、心的現実(脳内劇場)を症状として気づくという位置づけを行いますが、症状として気づいた思考を脇に置いて現実とやり取りするときにマインドフルネスのやり方が役に立ちます。

 

上記のシャマタ(止)もヴィパサナ(観)も双修(同時に起きる)が原則ですが、便宜的に分類すると、
思考を観察して名前をつけて現実に戻るというヴィパサナ系のマインドフルネスのやり方は、靄(もや)をよく観察して、所詮は靄(もや)に過ぎないということを知る認知行動療法のやり方とすごく相性がいいですし、思考は脇に置いてただあるがままに存在するというシャマタ系のマインドフルネスのやり方は、靄(もや)の向こうにある現実とやり取りをする対人関係療法のやり方と相性が良さそうですよね。

院長

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