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複雑性PTSDの治療過程

[2023.07.10]

以前、高名な先生からの紹介状(診療情報提供書)を携えた患者さんが、トラウマ関連障害の治療目的でこころの健康クリニック芝大門に来院された事がありました。

 

紹介状には、患者さんは病理の深い母親の元で、幼少期から悲惨な人生を過ごして来られた経過が記載されていました。驚いたことに、その高名な先生は〈トラウマ性気分障害〉という、診断基準にないナゾの診断名を付けられていました。

さらに、神田橋処方と抗うつ薬、あろうことか、トラウマ関連障害では禁忌とされているベンゾジアゼピン系の抗不安薬!と睡眠薬!が投与されていたのです!。

 

外傷性ストレス診断尺度の出来事基準や逆境的小児期体験のリストを用いて、紹介状(診療情報提供書)にある幼少期から続く悲惨な人生が外傷体験に相当するのかをチェックしましたが、該当しませんでした。

さらに、外傷性ストレス診断尺度、出来事インパクト尺度や国際トラウマ質問票で、心的外傷後ストレス障害の症状もアセスメントしましたが、PTSDの三徴に該当する症状は指摘できませんでした。

それだけでなく、発達性トラウマ障害に特有の、学童期の注意欠如多動症類似の多動性や破壊的行動、思春期のPTSD症状や解離症状の明確化など、臨床経過も明らかではありませんでした。

 

結局、この患者さんは発達障害特性(自閉症スペクトラム)は認められたものの、「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」の診断基準は満たしませんでした。

 

高名な先生は、自閉症スペクトラムに伴う「強迫反芻」をフラッシュバックと捉えられていたようです。

さらに、発達障害特性に伴う聴覚・嗅覚・視覚の「感覚過敏」を過覚醒症状、対人恐怖やパラノイド観念に伴う「退却(引きこもり)」を回避症状と理解されていたようでした。(『「それは虐待ですよ」と言われたとき』参照)

 

この患者さんのように、悲惨な生育歴があり、社会的適応が不良であれば、トラウマ関連障害ではないか?と疑われるのも無理もないことでしょう。しかし、臨床症状のアセスメントを欠いた過剰診断?(似而非診断!)と、トラウマには禁忌とされるベンゾジアゼピン系抗不安薬の処方が、堂々とまかり通っていることにため息をつきたくなるような出来事でした。

 

トラウマ関連障害と生活リズム

複雑性PTSDのクライエントは、幼児期からすでに不遇な人生を過ごしている人たちが多く、全体的な社会的適応は大変に不良である。

また、心理的虐待の中を過ごしてきているため、どのような側面でも自己否定からすべてがはじまると言っても、過言ではない。

治療者からみると、素晴らしい才能、優れた素質、容姿の美しさなどを備えていても、そのことがクライエントに実感されることはなく、無価値感と希死念慮に明け暮れてしまう。まさにトラウマが引き起こす「反錬金術」である。

杉山『TSプロトコールの臨床』日本評論社

 

上記の本で杉山先生は、複雑性PTSDの治療過程には以下の5つの課題があることを説明されています。

 

複雑性PTSDの治療過程

  1. フラッシュバックの軽減
  2. 自己治癒的依存症の軽快
  3. 記憶に存在せず、身体が覚えている反応(記念日症候群など)の軽減
  4. 自己イメージの回復:他者との関わりが必要
  5. 正しいフラッシュバック反応(防衛的フラッシュバック)のコントロールができる

杉山『TSプロトコールの臨床』日本評論社

 

1番目の「フラッシュバックの軽減」の第一歩となるのが、睡眠覚醒リズムを含む日内リズムを安定させることです。(『トラウマ関連疾患に対する社会リズム療法』参照)

トラウマ関連疾患に対する社会リズム療法

 

こころの健康クリニック芝大門で行っているトラウマ関連障害の治療だけでなく、「過食嘔吐(神経性過食症)」や「過食(むちゃ食い症)」の対人関係療法による治療も、「職場復帰支援プログラム(リワーク)」の第一歩となるのも、睡眠覚醒リズムを含む日内リズムの安定、つまり、生物学的な安定を構築することが必要不可欠なのです。

 

睡眠障害とフラッシュバックの関係

フラッシュバックの軽減のために、睡眠覚醒リズムを含む日内リズムを安定させることが必要な理由は、以下のように説明されています。

 

フラッシュバックの有害性の1つは不眠が生じることである。

過覚醒があり眠れない。寝入ると今度はフラッシュバックによる悪夢が襲ってくるので、睡眠はさらに妨げられる。
しかし、深夜になると身体は睡眠モードに変じ、新皮質による中脳への抑制が低下する。深夜にこの状態で起きていると、かくしてフラッシュバックは次々と生じ、昔の不快記憶がどんどん浮かび上がってくる。自傷、過量服薬、深刻な自殺企図行動など、いろいろマイナスの行動がそこで生じてしまう。
抗不安薬を服用していると、さらに抑制の欠如が増強される。複雑性PTSDのクライエントに抗不安薬が禁忌なのは、この抑制を外す効果のためである

一方、睡眠が短い状態が続くことで、人間の身体の反応として過覚醒がより強まる。このようにして、フラッシュバックと過覚醒は睡眠リズムの不全によって悪循環を形成するのである。

睡眠を短くすることで抗うつが引き起こされることは昔から知られていた。鶏が先か、卵が先か、判然としないが、おそらく睡眠を絞れば、身体は自動的に戦闘モードになり、気分の高揚が一過性に引き起こされるのだろう。
しかし、こうして無理に作られた気分高揚は、しばらく時間が経過した後にはかならず抑うつに転じる。
つまり、これが気分の激しい上下につながっていくのである。

一時的にであっても、フラッシュバックが強まることは、さらなる生活の乱れにつながりやすく、継続的な治療の妨げになってしまう。
心と身体は一体なのだから、この睡眠リズムを是正して、いわゆる健康な睡眠と覚醒の生活を維持することが、心の治療を行うなかでいかに必要かという心理教育を、フラッシュバックの治療に併行して続けていかなくてはならないのだが、ここまで記した内容だけでも、これが結構大変な作業になることは伝わるのではないかと思う。

複雑性PTSDの臨床は、不健康生活との限りなき戦いである。

杉山『TSプロトコールの臨床』日本評論社

 

ベンゾジアゼピン系抗不安薬とオレキシン受容体阻害薬を処方されていて、こころの健康クリニック芝大門に転院して来られたされた患者さんの中にも、「(夜になって)寝るのが怖い」と話される患者さんもいらっしゃいました。

 

トラウマ関連障害の治療では、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や睡眠薬は脱抑制を引き起こしやすいため禁忌です。おまけに、オレキシン受容体阻害薬も悪夢を引き起こしやすいので、慎重に投与する必要があります。

 

冒頭に書いたように、トラウマ関連障害の治療で禁忌とされているベンゾジアゼピン系の薬剤を服用されている方は、常用量依存や脱抑制の治療、すなわちベンゾジアゼピン薬剤を減薬し、中止していくことが最優先課題になります。

治療を受けているけれどもなかなか良くならないと感じていらっしゃる方は、こころの健康クリニック芝大門にトラウマ関連障害の治療を申し込んでくださいね。

 

院長

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