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「社会的うつ」という問題

[2020.09.30]

「⽇本うつ病学会治療ガイドライン II. うつ病(DSM-5)/⼤うつ病性障害」では、うつ病の重症度を問わず、まず全例に⾏うべき基礎的介⼊として、「患者背景、病態の理解に努め、⽀持的精神療法と⼼理教育を⾏う」と推奨されています。

 

ところが抗うつ薬の効果が乏しいケース、つまり環境調整や気質・性格への働きかけが必要な「適応障害(反応性抑うつ)」などの「うつ状態」を「うつ病」と診断して抗うつ薬が処方され、2種類以上の抗うつ薬の最大用量での投与や、次々と抗うつ薬を変更する薬理学的彷徨が起きています。

その結果、本来であればストレッサーから離れて3ヵ月から半年以内には改善するはずの「適応障害(反応性抑うつ)」で、1年以上も休職されている方が少なくありません。

 

精神医学の根幹を揺るがしかねない「うつ」の診断と治療について、北里大学の宮岡教授は日経メディカルの「4年ぶりの新規抗うつ薬、その実力は?」という記事の中で、「実際にはうつ病ではないのに『うつ病』と診断したり、抗うつ薬が必要ない程度の軽症うつ病患者であっても、安易に抗うつ薬を処⽅している医師が多いのではないか」と苦言を呈されていました。『社会的うつ〜うつ病休職者はなぜ増加しているのか〜』でも同様の指摘がなされています。

 

日本で急増するうつ病患者、つまり医療機関でうつ病と診断されて治療を受けている人たちの多くは軽症であり、軽症のうつ病患者には抗うつ薬の効能効果が十分に認められておらず、また副作用の危険があるにもかかわらず、日本では軽症うつ病患者への抗うつ薬による治療が中心に進められているという指摘もある。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

上で引用した『社会的うつ』は2020年4月に出版され、「うつ」をめぐる混乱に光を当てる本でした。「うつ病休職者の8割超(86%)がうつ病の診断基準に該当しなかった」という驚くべき調査を元に、「社会問題の医療化」というパラドックスに切り込んでいます。

 

本書の目的は、うつ病と診断されて会社を休職する人たちの増加の背景には、医学的要因以外の社会的要因が影響を与えていることを明らかにすることである。

この社会的要因の影響を受けて診断された「うつ病」に対し、筆者独自に「社会的うつ」という新たな言葉・概念を付与し、その存在の可能性をさまざまな角度から検証していく。

ここでいう「社会的要因」とは、企業内制度やメディア報道、製薬会社による疾病啓発キャンペーンの影響など、当事者を取り巻く労働環境や社会の動向など外的要因だけでなく、当事者の心理や診断・治療にあたる主治医の意図など可視化不能な内的因子を含む。長時間労働や成果主義の浸透による職務の個人化によるストレス増大など、精神病理学的観点からも指摘されてきた要因も含む広い概念である。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

「うつ病(大うつ病性障害)」は生物学的疾患ですが、個人と環境の相互作用の中で起きてくる社会的疾患として「軽症うつ」をとらえ、その背景にある社会的要因を明らかにしようとするのがこの本の試みです。

 

たとえば、製薬会社による疾病啓発キャンペーンについて、「うつは心の風邪」というフレーズを見聞きされた方も多いと思います。

 

日本では、製薬会社のマーケティング戦略としての疾病啓発キャンペーンが積極的に展開された結果、特に軽症うつ病の患者数が急激に増加しているという指摘もある。すなわち、実際にはうつ病患者ではない人たちが医療機関を受診し、「うつ病」と診断され、薬物療法を受けている可能性も否定できないということである。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

ある疾患に保険適用をもつ薬のキャンペーンが行われるとその疾患が増える」という、精神科医や心療内科医は製薬会社に洗脳されているのではないか?と思われる現象もあります。近年では、SSRIなどの新規抗うつ薬、双極性障害のうつ状態や、ADHDの治療薬が発売されたことを契機に、診断件数が増加したといわれています。

 

「大うつ病」は誰しもかかりうるコモン・ディジーズ(疾患、有病率の高い疾患)であることには間違いありませんが、うつは心の風邪ではなく、さまざまなダメージに受け耐え続けてきた脳が、「最後の麦わら」によってダウンしてしまった脳という臓器の障害なのです。

風邪程度とされるのは、むしろ「適応障害(反応性抑うつ)」などの「軽症うつ」で、例えていうなら飲み過ぎた後の二日酔いのような状態と考えるといいのかもしれません。

 

こころの健康クリニック芝大門のリワークでは、「適応障害(反応性抑うつ)」の患者さんには、リワークに通われている間に、会社の産業医とやり取りをして復職時の環境調整をお願いするとともに、抗うつ薬を少しずつ減らし、ゼロになった状態で職場復帰してもらうようにしていますよね。

 

さらに、精神科や心療内科の医師が、うつ病と容易に広く診断しているために、軽症のうつ病患者が増加しており、突き詰めれば、実際に増加しているのは医療機関で「軽症うつ病」と診断された「患者」であり、そうした人々がすべて真性のうつ病患者であるかどうかは疑わしいと、という指摘もある。

奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房

 

「大うつ病」と「軽症うつ」の鑑別をせずに「うつ病と容易に広く診断」する医療機関では、患者が増え、また抗うつ薬の処方件数も増えます。

それだけでなく『適応障害と反応性うつ状態』で説明したように、「抗うつ薬を飲んで様子をみましょう」と言われると、患者さん自身も「薬で治る病気」と錯覚して「薬を飲んでいれば大丈夫」と思いこみ「自分で改善の努力をする」などの治療意欲が下がり、医療機関は患者さんが増える状況になります。

 

こうした「うつ病と容易に広く診断」する医療機関が多いことの弊害は、企業にも及んでいるようです。次回は、そのことを考えてみましょう。

 

院長

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