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過食・嘔吐と慢性うつ病の脳内劇場

[2019.11.25]

思春期うつ病の対人関係療法』に「対人関係質問項目にあるように、IPT-A(註:思春期うつ病の対人関係療法)では、事実と思考を区別せず、また、思考の直接的な修正も行わない」と書いてあったのを読み、すごく驚いたと同時に、このやり方だと共依存を助長してしまうかもしれない、と危惧の念を抱いていたのです。

 

人に助けを求めることと分離/自立の関係』で「極端な場合では、患者さんの攻撃的な感情表出に対して、家族やパートナーなどの重要な他者が患者さんの理不尽な要求に合わせることで、共依存的な関係になってしまうことも多々ありました」と書きました。 

 

思春期うつ病の対人関係療法では「治療に本当の意味で「取り組む」のに必要な動機づけに到達しておらず、本人にとっては、12週間の短期治療は十分な期間ではない」としながら、「事実と思考を区別しない」、つまり心的等価モードへの対処を行わないために、治療効果が充分に上がらず、治療期間が長引いてしまいますよね。

 

逆に考えると、「事実と思考を区別し(心的等価モードへの対応)、思考の直接的な修正を行う」ことで、「治療に本当の意味で「取り組む」動機づけ」も高まりますし、「12週間の短期治療」が十分な治療期間にもなりうるということですよね。(『性格と間違われやすい気分変調症が治るということ』参照)

 

心理療法においては、この心的等価モードへの対応が重要な課題となります。

クライエントが心的等価のために困難に直面しているときには、心的等価モードからメンタライジング・モードに移行するための援助が必要になるからです。

注意しなければならないのは、クライエントの心的等価的な認識をセラピスト自身も絶対唯一の現実のように思い込み、セラピストまで行き詰まってしまう場合があることです。

上地『メンタライジング・アプローチ入門―愛着理論を生かす心理療法』北大路書房

 

「事実と思考を区別しないこと」は、専門用語で「心的等価モード」と呼ばれます。
心で思ったこと、考えたことと、現実がイコール(等価)であるという捉え方で、2〜3歳の子どもではよく見られます。

また、心的等価モードは、成人でも心を表象的なもの(イメージや考え)ととらえる理解の枠組み(心の理論)であるメンタライジング能力が低い場合や、メンタライジングが失われた時(夢やフラッシュバック、投影同一視、被害妄想など)で出現することがあります。

日常的な現象としては、根拠なしに、あるいはわずかな根拠から下した判断を絶対に正しいと確信し、別のとらえ方や可能性を考えることができないような場合も心的等価です。(『メンタライジング・アプローチ入門』)

 

心的等価モードとは、「思い込み」とか「決めつけ」、「思考や解釈にとらわれた状態」、あるいは「脳内劇場」と考えると理解しやすいかもしれません。

こころの健康クリニックでは、踊る大捜査線の青島刑事のセリフをもじって、「事件は現実で起きてるんじゃない!脳内で起きてるんだ!」と説明したりしていますね。

 

精神状態は、ある現実についてのもの、その現実に向けられたものであり、その現実は現実自体ではなく「現実の表象」であるということです。

表象とは、私たちの心の中で、何かを表しており、その何かの代理として用いられるものです。このような自覚をBogdanは「表象性の感覚」と呼びますが、メンタライジングには、この表象性の感覚が不可欠です。

例えば、ある対象に対する感情は、その対象に対する特有の捉え方(表象)に基づくものだという認識がなければ、自分の感情についての内省は生じません。

自分が体験している現実は自分の心が作り上げた表象であるという感覚が欠如している人にとっては、自分が捉えた現実が現実そのものであり、その現実に対する別の捉え方があるとは思えないからです。

上地『メンタライジング・アプローチ入門―愛着理論を生かす心理療法』北大路書房

 

心的等価モードを理解することは、メンタライジング・モードを理解する助けになります。 

心的等価モードでは、心の中で起きることが現実や真実のように感じられます

たとえば、性格と間違われやすい慢性うつ病(気分変調症)でみられるような「自分は人間としてどこか欠けている」「自分は何をやってもうまく行かない」という考えを信じていると、すりガラス(表象)に合致するような体験だけに注目してしまうようになるだけでなく、現実ではなくすりガラスしか見ていないことも多いのです。
これが「脳内劇場」です。

 

メンタライジング(およびマインドフルネス)の重要点は、心理状態と現実との区別に気づいていることです。

信じていることが誤っている場合もありますし、感じていることが正当な根拠に基づかない場合もあります。 

アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房

 

性格と間違われやすい気分変調症や、過食症やむちゃ食い症など、心の苦しさから回復するためには、心的等価モードから抜けだし、批判的にならずに、心が生み出すものを今の瞬間の中にそのままにしておく能力(メンタライジング・スキル)を高める必要があります。

 

治療の目標は、苦痛を引き起こす思考に巻き込まれた状態(心的等価モード)から、より大きな自己の感覚の中で、耐えられる程度の苦痛を伴う想起(メンタライジング・モード)に移行することです。

こころの健康クリニックでは「(思考や感情に)触れつつ一緒にいること」と説明していて、対人関係療法による治療でも、リワークプログラムの中でも、セルフモニタリングを中心に自分の考えとのつきあい方を教えていますよね。(『リワーク(職場復帰)プログラムと自分の考えとの向き合い方』『性格と間違われやすい気分変調症の治り方』参照)

 

精神状態がその対象である事象と分離されると、子どもは、内的現実と外的現実を区別でき、内的現実(心で思ったこと)がそのまま外的現実になるわけではないことも理解できるようになります。

別の言い方をすれば、1つの事象について多重的な複数の表象またはモデルを保持することができるということです。逆に言えば、1つの事象について1つの見方しかできない状態つまり心的等価モードから解放されるということです。

また、1つの事象について内的現実と外的現実を同居させることも可能になります。

例えば、私たちが演劇を観ているとき、私たちはそれが人工的な設定と俳優の演技によるものであること(外的現実)を知っていながら、それをまるで本当であるかのように体験します(内的現実)。
外的現実と内的現実を同居させることができるので、私たちは演劇を楽しむことができるのです。 

上地『メンタライジング・アプローチ入門―愛着理論を生かす心理療法』北大路書房

 

神経性過食症(過食嘔吐)や過食性障害(むちゃ食い)の回復過程で、「7.摂食障害行動はやめられるけど、摂食障害思考が頭から離れない」の段階がしばらく続くのは、心的等価モードからメンタライジング・モードに移行するには時間がかかるからなのです。

 

うつ病をモデルにした従来の過食症に対する対人関係療法では、この段階まで回復することは非常にまれでした。

しかし、メンタライジング・スキルの修得を組み込んだ対人関係療法では、「8.行動からも思考からも解放されているときが多いが、常にというわけではない(実行期)」から、「9.行動や思考から解放されている(維持期)」まで到達することを治療の目標にしていますよね。

「まず精神的に楽になり、その後、だんだんと食行動が正常化」するのではなく、メンタライジング・スキルが身に付いてくると、「精神的に楽になることと、食行動が正常化することは、ほとんど同時に起きる」のです。

ですから、対人関係療法による治療中期には、食行動異常が正常化してくるのです。

 

ある患者さんから「心の中で起きていることが現実ではないと理解できると、どうなるんですか?」と聞かれたことがあります。

「現実には何も起きません」と私は答えました。
「でも、別の面から見ると、すべてが起きるのです。このことを本当に理解できると、今この瞬間に、気分変調症や過食症が治ってしまうことだってあるのです」。

 

院長

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