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複雑性PTSDと否定的な自己概念

[2021.06.21]

複雑性PTSDはPTSDとは区別できてもまったく独立した疾患単位ではなく、複雑性PTSDと診断するためには、前提としてPTSDの診断基準を満たしていることが前提になっています。

 

PTSDの診断基準を満たしつつ、DESNOS(他に特定不能の極度ストレス障害)の3カテゴリー症状、つまり「感情調節障害」「否定的自己概念」「対人関係障害」などの「自己組織化の障害(Disturbances in Self-Organization: DSO)」を伴っていることが特徴とされます。

 

しかしながら、複雑性PTSDはさまざまな臨床像を呈することはよく知られており、『複雑性PTSDの症状とさまざまな疾患』『複雑性PTSDの診断と治療をめぐる問題』などで述べたように、さまざまな診断名がつけられていることが多いのです。

 

特に幼少期から慢性的に支配関係におかれ、虐待を受け続けた場合、人格形成にも大きく影響を及ぼす。それゆえに情緒不安定性パーソナリティ障害などの診断がつくことも多い。

そのほか、表面的に現れる症状によって、遷延するうつ病や不安障害、身体化障害、摂食障害、解離性障害、依存症といった病名で通院している人も少なくない。

重症化すれば、統合失調症様症状(サイコーシス)を呈することもあり、統合失調症と誤診されているケース、あるいは誤診とはそう簡単には言い切れないケースも見られる。

宮地、清水. 複雑性PTSDと統合失調症. そだちの科学 (36); 46-53, 2021.

 

上記の引用のようなさまざまな診断名から複雑性PTSDを鑑別するために、再体験症状・回避症状・覚醒亢進症状などPTSDの症状を満たしていることが前提になります。

 

しかしながら、『複雑性PTSDの症状とさまざまな疾患』で触れたように、これらのPTSDに特徴的な症状は、自閉症スペクトラム障害(発達障害)の特性とすごく似ているのです。

さらに、複雑性PTSDの特徴とされる「自己組織化の障害」もまた、自閉症スペクトラム障害(発達障害)や統合失調症の特性と似ていて、鑑別することが難しい場合もよくあるのです。

 

複雑性PTSDは、児童虐待やDVといった慢性的な極度のストレス体験のために、PTSD症状に加え、空虚感や非力感、無価値感など一貫して否定的自己認知を持つこと、安定した人間関係を築くことの困難、感情の制御困難があることが特徴である。

(中略)

心理学的には、被虐待、特に性的虐待が解離症状を引き起こし幻覚を惹起する素地となること、自己無価値感や他者信頼感の欠如という否定的認知や愛着形成不全が妄想の発症につながること、養育者との対話のずれや狂いが思考障害と関連することが指摘されている。

宮地、清水. 複雑性PTSDと統合失調症. そだちの科学 (36); 46-53, 2021.

 

複雑性PTSDの病態、なかでも「自己組織化の障害(DSO)」は、「幼少期の虐待サバイバーが治療を求めた理由が、PTSD症状というよりもむしろ現実の生活が立ち行かなくなったためであり、その機能障害はPTSD症状だけではなく、感情調節の困難さや対人関係の問題に関連していた」とされています。(丹羽「複雑性PTSDの病態理解と治療 認知行動療法〜STAIR/NSTの立場から」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版)

 

現実の生活が立ち行かなくなるのは、複雑性PTSDの人が感じる「生活の難しさ、暮らし下手、生き辛さであり、同時に発生する心の痛みなのである(田中. 発達障害と二次障害. そだちの科学(35); 7-12, 2020.)とされ、発達障害を持つ人の苦悩表現の内容とオーバーラップしますよね。

 

精神発達を構造的にみれば、関係性の発達(X)、認識の発達(Y)、自己制御の発達(Z)の三つの軸からなっている。

「生物学的な個体」としてこの社会に生み落とされた子どもが、人と関係する力を培い(X)、世界を意味(概念)によって認識し(Y)、注意や欲求を状況や規範に応じて自己制御する力を伸ばし(Z)、それによって「社会的な個人」へと育つプロセスが精神発達なのである。

発達障害が基本的に「自閉症スペクトラム(関係の障害)」「知的障害(認識の障害)」「ADHD(自己制御の障害)」のかたちをとるのは、偶然ではなく、発達がこの三軸構造をなしていることの反映であろう。

(中略)

以上のごとく、精神発達の構造上、発達障害はどの発達障害であれ、必ず他の発達障害の症状を何らかのかたちで二次的に混在させている。

滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学(35); 2-6. 2020.

 

「自閉症スペクトラム(関係の障害)」≒対人関係の障害「知的障害(認識の障害)」≒否定的な自己概念「ADHD(自己制御の障害)」≒感情調節障害、のように、発達障害の特徴と複雑性PTSDの特徴である「自己組織化の障害」がオーバーラップするのです。

 

一方、複雑性PTSDでみられる「否定的自己概念」は、「自己の卑小感、敗北感、無価値感などの持続的な思いこみで、外傷的出来事に関連する深く広がった恥や自責の感情を伴う」とされます。(飛鳥井「複雑性PTSDの概念・診断・治療」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版)

 

「否定的自己概念」は、「強く深い恥じの感情や罪悪感を伴う「ちっぽけで、無力で、価値のない」といった自己感に圧倒され」(齊藤「子どもの複雑性トラウマをどうとらえるか」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版)、「これは虐待の構造として、直接的にそのような言葉をかけられている場合もあるし、自分が悪いとか自分は愛情やケアを受けるに値しないと認識する場合もある」とされています。(丹羽「複雑性PTSDの病態理解と治療 認知行動療法〜STAIR/NSTの立場から」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版)

 

「否定的自己概念」に伴うこのような自己認識の仕方は、PTSD以外でも「不安型気分変調症」や「無力型気分変調症」で特徴的にみられることはよく知られています。(『「複雑性PTSD」と「気分変調症」の不安と抑うつ』参照)

 

先に述べたように、自閉症スペクトラム障害(発達障害)は複雑性PTSDと鑑別が難しく、併存することがほとんどです。その自閉症スペクトラム障害(発達障害)でみられる「否定的自己概念」は以下のような感じです。

 

発達障害をもつニキ・リンコは、「障害を持って生まれながら、何も知らず、健常人として育つ」ことには二重の屈辱がある、と述べ、ひとつは「人と同じことができないのに、理由がわからないので、自分のせいだと思ってしまう」屈辱であり、もうひとつは「みんなとの能力の差を埋めようとせっかく自分で工夫しても、不自然だ、ごまかしだ、卑怯だと思い込んでしまう」屈辱であると述べている。

田中. 発達障害と二次障害. そだちの科学(35); 7-12. 2020.

 

その他、双極性障害のうつ病相、解離性障害、神経性過食症や過食性障害、アルコールなどの依存症、境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害など、複雑性PTSDの鑑別疾患に挙げられるほとんどの疾患で「否定的自己概念」が認められます。

 

統合失調症の人はストレスに過敏だと言われる。

病前性格として“手のかからないよい子”という表現がなされることがあるが、これは養育者の表情認知にすら過敏で麻痺的に作用するためといえる。

その持ち前の繊細さはトラウマを刻印しやすい。そのため、「アイデンティティと自律性を発展維持しかつ世界からの持続的な脅迫と危険からまぬがれるために、他者との直接的なかかわりあいから自分をきりはなし」ているという関係も指摘しうる(この辺りは発達障害と統合失調症との鑑別にも関わってくるだろう)。

宮地、清水. 複雑性PTSDと統合失調症. そだちの科学 (36); 46-53, 2021.

 

気分変調症や摂食障害の病前性格としても、「手のかからないよい子」という言い方がされることがあります。

しかしこのような病前性格は、養育者の表情認知の問題や、A型アタッチメントで見られる「役割逆転(強迫的世話焼き)」などメンタライジング不全が背景にあることが多いのです。

 

そのような状況について岡野先生は以下のように述べられています。

 

ただし愛着トラウマの視点も、愛着の形成時に生じたであろう明白なトラウマを必ずしも前提とするわけではない。

愛着トラウマの結果として、人はしばしば「自分は望まれて此の世に生まれたのではなかった」という核心を有する。しかしこれはあからさまな虐待以外の状況でも生じうる、母子感の一種のミスコミュニケーションの結果でもありうる。

そこには親の側の養育態度の問題という要素だけではなく、子ども側の敏感さや脆弱性も考えに入れなくてはならない状況が想定させる。

愛着トラウマの概念は、このような広い意味での母子感のトラウマ的な関係性についての視点を提要する。

岡野「CPTSDについて考える」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

「自己組織化の障害」のうち「否定的自己概念」は、生まれ持った認知の過敏性や非柔軟性が主たる問題なのか、極度のトラウマがもとになっているのか、あるいはその両者なのかで、鑑別していく必要がある、ということですよね。

 

院長

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