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愛着トラウマの2つの再演

[2020.08.26]

トラウマの文脈で再び犠牲者となることを「リエナクトメント[再演 or 再犠牲者化]」といいます。

幼少期の愛着トラウマが、後の愛着関係においてリエナクトメント[再演]されるのは、関係をメンタライズできないための代理と考えられています。

 

一方、関係性の中での行動化は、「エナクトメント[再演]」と呼ばれます。

「エナクトメント[再演]」は、心の中で切り離された矛盾や葛藤など、「よそ者的自己」が無意識的に(気づかない間に)関係性の中に持ち込まれ、関係そのものが違和感や葛藤をはらんだものになると考えられていて、「投影同一化」と呼ばれることもあります。

 

毒親——毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ——』の著者の中野先生は、インタビューの中で、「毒親というのは疾患ではありませんし、あくまでも関係性によって決まってくるものといえます」と、親子関係の中で「問題になるのは「自分が、自分の望んだ判断をできなかったのは、親のせいだ」と、親に対して恨みを持ってしまうような意志決定をした場合です」とおっしゃっています。

 

親に対して恨みを持つ意志決定をしてしまうと、心は矛盾や葛藤を感じることも無くなります。

この状態について、白川先生(『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア』『トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること』の著者)は、以下のように説明されています。

 

逆に、他人の感情に鈍感、または鈍感であることを演じる場合もあります。

人間関係や親密さを避けて自分の中に閉じこもる、攻撃的・自暴自棄・責任放棄の行動をする、などです。

こうして他人や周囲の環境との肯定的なつながりを避けるのは、これ以上傷つくことを避けるためでもあるし、トラウマの再演でもあります。

白川『「感情」とトラウマ—回復のために自分でできること』季刊〔ビィ〕Be!118号

 

つまり、「他人の感情に鈍感、または鈍感であること」という「メンタライジング不全」が関係性の中に持ち込まれることで、「他人や周囲の環境との肯定的なつながりを避ける」という「遠ざかり境界性自己障害」という「エナクトメント[再演]」が生じるということですね。

 

しかし「エナクトメント[再演]」が起きていることは、自分だけでは、自覚することも解消に取り組むこともできません。

これまで見てきたように、「リエナクトメント」も「エナクトメント」も、自分や他者の心的状態に思いを馳せること、および、自分を含む人の行為を心的状態から理解すること、というメンタライジング不全がその根底にあるからです。

 

エナクトメントは不可避であり、かつ重複決定されている。

したがって複数の要因があり、治療者が患者の自己のよそ者的部分の欠くことのできない依代となっているような治療同盟にはよくある付随物である。

ベイトマン、フォナギー『メンタライゼーション実践ガイド』岩崎学術出版社

 

相互エナクトメントは、関係性の中で双方がエナクトメントに巻き込まれてしまう状態であり、従来、治療的文脈の中では、「転移—逆転移」のプロセスとして理解されていました。

 

メンタライゼーションの基盤は、私たちの中に遺伝情報として存在しているが、それが健全に発達するかどうかは、生育環境に依存する。

すなわち、養育者との安定した愛着関係のなかで、まだ自分の心がわかっていない乳幼児に代わって養育者がその子のこころを推測し、言葉にして伝えていくという作業の繰り返しによって育まれる。

(中略)

こうした一連の過程を受けて、Fonagy et al. [フォナギーら](2008)はMBTのことを「愛着に根ざした精神分析的臨床アプローチ」と呼んでいる。

池田. メンタライゼーション. 臨床心理学 20(9): 321-325, 2020

 

MBT(メンタライゼーションに基づく治療)は、メンタライゼーションの発達が阻害され、① 感情調節の障害(落ち込みやすい)② 注意の制御の障害(我慢ができない)③ 覚醒システムの障害(対人刺激への過敏性)、および、④ メンタライゼーションの障害(内省することが苦手)という状態を呈した患者を対象に開発されました。(池田. 臨床心理学 20(9): 321-325, 2020、一部改変)

 

ここで挙げられているのは、主に境界性パーソナリティ障害の特徴とされていますが、過食や過食嘔吐の患者さんの特徴、あるいは幼少期の愛着トラウマに関連した不安型・気分変調症の特徴としても、十分に理解できるものです。

ですから、神経性過食症や過食性障害に対する対人関係療法による治療効果を上げるために、こころの健康クリニックでは、対人関係療法にメンタライジング・アプローチを応用しているのです。

 

この治療では、治療者と患者とが良好な愛着関係を維持し、そのなかで患者が、① 自分についてのメンタライジング、② 他者についてのメンタライジング、そして③ 関係性についてのメンタライジングができるようになっていくことを目標とする。

(中略)

患者がメンタライジングできるようになること————たとえば、手首を切る前に自分は「自分の苦しみを恋人に理解してもらいたい」と思っていたのだと言語化できるようになること————であって、洞察を深めることや、自身のスキーマを説明できるようになることではない。

池田. メンタライゼーション. 臨床心理学 20(9): 321-325, 2020

 

対人関係療法は、「個人内の心的過程を取り扱う(intrapersonal)アプローチではなく、あくまでも治療焦点は個人間の対人関係(interpersonal)である」と言われます。

対人関係療法による治療で「自分の気持ちをよくふり返る」「自分の気持ちを言葉にして伝えてみる」ことに取り組むとき、自分自身について&他者についてのメンタライジングができないと、容易に「エナクトメント[再演]」が起きてしまうのです。

 

さらに、関係性についてのメンタライジング不全は、「歪んだ対人関係はメンタライゼーションを蝕み、またメンタライゼーションの失敗によって対人関係が蝕まれる」と双方向的に影響を与え合いますよね。

つまり、従来の対人関係療法で行っていたように、重要な他者との対人関係だけに治療焦点を当てていたのでは、「エナクトメント[再演]」の修正は困難ということになってしまいます。

 

成人期の過食や過食嘔吐、あるいは不安型・気分変調症の対人関係療法による治療の中で対人関係の機能不全を改善するために、治療者と一緒に私たちの中に存在しているメンタライゼーションの基盤(個人内の心的過程)を回復させていくことに取り組んでいきます。

 

世界では、コロナ離婚、コロナDVが増えていると聞きます。

なぜ相手に過剰に期待し、それが叶わないと相手を責め始めてしまうのか。

相手が他人でなくなり、家族になったとたんに尊重できなくなっていくのは――ここはやや思考力を必要とするところなんですが――自分自身を本質的には尊重できていないからではないでしょうか。

中野《“毒親”の捉え方と解決の糸口

 

中野先生がおっしゃる「自分自身を本質的に尊重」することは、メンタライジングのプロセスでもあり、情動耐性を高めること(感情体験の回避の解消)、そして自分への優しさ(セルフ・コンパッション)によって達成できるということですよね。

 

院長

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