過食症からの回復と愛着関係

「摂食障害治療の基本問題の決着に向けて—精神科診療所で完結する摂食障害治療—」(精神科治療学 33(11): 1285-1291, 2018)という論文で、日本で1980年以降に摂食障害が急増したのは、高校進学率が90%を超え、人々が同級生・同僚との人間関係を気にせざるを得ないようになったことを背景に、同級生・同僚との関係性の中でダイエットにのめり込むことで摂食食害という病理が拡大した、と著者の永田先生は考察されています。

 

エリクソンの発達課題では、学童期の「集団との関係の展開期」の課題は「勤勉性 vs. 劣等感」、思春期・青年期の『「自分との関係」「二者関係」「集団との関係」の固有性の確立期』の課題は「自我同一性(アイデンティティ) vs. 同一性拡散」とされています。

 

摂食障害、とくに「神経性やせ症(いわゆる拒食症)」や拒食症に似た「食物回避性情緒障害」の発症が、学童期後期のアイデンティティ(自分の固有性)の萌芽の時期から思春期・青年期にかけてのアイデンティティ確立時期にピークを迎えるのは、上記論文で論考されているように「同級生・同僚との関係性」がテーマになってくるからなのかもしれません。

 

一方、「過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」は、思春期・青年期から成人期前期に発症しやすいとされています。
成人期前期は「二者関係の拡張期」で、この段階の課題は「親密性 vs. 孤立」とされています。

 

次の数年間、私は親との関係、友人を増やすこと、葛藤や矛盾に対処する能力、自分の感情的な欲求の理解とその明確な言語化など、自分の人生のさまざまな分野を改善する努力を続けました。

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

情動反応を緩和する目的で過食(むちゃ食い)や過食嘔吐など摂食障害行動を使わずに済むようになるためには、日常で起こり得るさまざまな出来事への対処法、つまり「行動の仕方を変えていく」必要があります。

「行動の仕方を変えていく」のに必要なことの1つは、「内的な構造変容を生み出す(自分との関係を改善する)」ことでした。もう1つの要素は「他者との関係を改善する」ことです。

 

青年期〜成人期前期では養育者やパートナーとの愛着関係は、しだいに相互的(対等的)になり、互恵的(ギブ&テイク)になってきます。
かつては子どもだった成人が、自らの子どもの愛着対象になります。また養育者の面倒を見るようになり、かつての養育者との愛着関係は役割が逆転します。

 

うつ病治療モデルをベースにした従来の対人関係療法には、「内省機能(自分の心についてだけでなく、他者の心についても想像する能力)」や「最適不満度(葛藤耐性)」の成熟プロセスや、愛着関係の成熟段階の視点がありませんでした。
そのため、従来の対人関係療法を青年期〜成人期前期の過食症の治療に適用すると、「重要な他者(養育者やパートナー)」との関係が悪化したり、病気を盾に「重要な他者」に従ってもらうしかなく、充分な効果を挙げられずにいました。

 

対人関係の土台にあるのは、自分の心の中にある「葛藤や矛盾の対処」「感情的な欲求の理解」「感情的な欲求の言語化」など、自分の中にある自己のイメージと他者のイメージを変容させること、つまり「内的な構造変容」です。
それにより、現実の他者との間に相互的・互恵的なアタッチメント関係を作り上げていくプロセスが進んでいきます。

 

対人関係において相互性が成立するためには、そもそも相手が自分とは異なった存在、分離した存在であると同時に、自分と同等の存在であることを理解していかなければならない。

他者と自分との違いが生み出すさまざまな葛藤や自己愛の傷つきに対処することは、発達段階で誰もが獲得しなければならない能力なのだが、物質乱用者たちは習熟できていないことが多い。

(中略)

互いの意見の相違を解消していく体験は、心理的構造を安定化させる効果を生み出すのであり、最適不満度(トラウマ体験になるほどではなく、本人が我慢し、それをバネにして成長できる程度の不満)こそが、かつては自己対象(乳児にとっての母親のように、自己の一部または延長とイメージされ、かつ何らかの満足感を提供してくれる対象)によって供給されていた葛藤解決能力を自らの心の中へと内在化していくために必須の条件であると言ってよい。

自己と、自己対象の機能を提供してくれている他者との繋がりが一度破綻し、再び修復された際に、確固たる心の構造が作りだされるのである(Harwood, 1998)

フローレス『愛着障害としてのアディクション』日本評論社

 

他者は自分とは異なった存在であると同時に、対等(同等)の存在であることを理解することは、思春期・青年期の自我同一性(アイデンティティ)の確立課題ですよね。

アタッチメント(愛着)の動的成熟では、思春期・青年期は、養育者との関係は非互恵的(まだ養育を受けているスネかじり)ながら、対等性をめぐる争い(いわゆる反抗期)の時期といわれます。

 

「対等性をめぐる争い期(反抗期)」では、冒頭に述べたような同級生・同僚との「比較」や、自立をめぐる養育者との小競り合いなど、葛藤や自己愛の傷つきなどの「最適不満度」を抱えて(葛藤耐性)、内在化していく過程で葛藤解決能力を身につけ、自分とはこういう者だという自己固有性(アイデンティティ)が確立していきます。

この過程ではかならず、自分自身や自分の心と向き合うプロセスをたどりますから、思春期・青年期は疾風怒濤の時代とも呼ばれますよね。

ところが「神経性過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」の人たちは、この時期が抜け落ちていることが多いのです。

 

脱線しますが、「愛着障害(回避型愛着障害)かもしれない」と受診される方も「反抗期がなかった」とおっしゃる方がほとんどです。

発達課題で見てみると、幼稚園の頃からひとり遊びが好きで、小学生の頃は集団に馴染めず引きこもりがちで、反抗期もなかった発達障害(自閉症スペクトラム:ASD)の要素を有している人(対人関係の質的な障害)もかなりの数が含まれています。

中には、友だちや集団との関係は良かったけど、成人期前期から成人期の二者関係(夫婦・パートナー関係)に悩み、よく聞くと反抗期がなかったとおっしゃる青年期の発達課題が未達成の方もいらっしゃいます。

 

さて、「神経性過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」の人たちは、幼少期から不安が強く、対人回避や感情の過剰な抑制を特徴とする「感情抑制型」がいちばん多く、次いで情動調節不全および衝動性によって特徴づけられる「感情制御不全型」も見られます。

これらのプロトタイプについては、いつか改めて説明しますね。

 

「神経性過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」から回復プロセスの課題は、自分とはこういう者だという自己固有性(アイデンティティ)を確立することが最初の課題になります。

過食症:食べても食べても食べたくて』の著者のリンジーさんも、回復の過程で私が気づいた最も意味のある発見、それは、私は過食症抜きで自分が何者なのか、どうなりたいのか、わかっていなかったということです」とおっしゃっています。これが同一性の拡散ですね。

「神経性過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」からの回復は、「自我同一性(アイデンティティ:「過食症なしでは、私は何者なのでしょう?」)」を確立し、他者との関係の破綻(遠ざけていた対人関係)により「孤立」に陥っていた状態から、関係の修復(親密性)を獲得し直すプロセスでもあるということですよね。

 

院長