摂食障害症状の役割と意味を理解する

昨年の1月からこのブログで『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』を読んできましたが、みなさん、いかがだったでしょうか。

三田こころの健康クリニック新宿の専門外来で、まず『素敵な物語』と『8つの秘訣』を読んでもらうことにしているのは理由があるのです。

それは、摂食障害は心の病気であると同時に、生き方の問題であり、その土台となるのが「自分自身の心の仕組みと動き方を知る」ことにあるからです。

三田こころの健康クリニック新宿の専門外来で行っている対人関係療法による摂食障害の治療では、自分自身の心と向き合うことを通じて、生きていくうえで避けられない日常の出来事への対処法を学んでいきます。

 

拒食症・過食症を対人関係療法で治す』には、過食や過食嘔吐など摂食障害症状がよくなっていく過程について以下のように書いてあります。

対人関係療法の効果は、まず対人関係面に現れます。対人関係のストレスが軽くなり、コミュニケーションにどうにか自信がついてきて、まず精神的に楽になります。その後、だんだんと食行動が正常化してきます。「症状はストレスの表れ」ですから、食行動の方がストレスよりも先によくなるということは考えられないのです。
(中略)
対人関係療法では、症状に振り回されずに治療をします。症状を無理やり抑えることをせずに、「症状はストレスを表すもの」と考えて、対人関係問題に集中して取り組むことでストレスを減らしていきます。
対人関係に自信がついてくると、それを追うように過食や嘔吐などの症状も減ってきます。

水島『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店

 

私自身が対人関係療法による摂食障害(過食や過食嘔吐)の治療を続けていて感じたのは、治り方は人それぞれなのですが、本に書いてあることと正反対の「過食嘔吐などの食行動異常の方が、ストレスよりも先によくなる」ことが多いということだったのです。

この治り方の違いはどこから来るのか、一時期ずいぶんと頭を悩ませました。そんなときに出会ったのが『摂食障害から回復するための8つの秘訣』でした。
8つの秘訣』では、ウィルフリィの『グループ対人関係療法』で漠然としか理解できなかった「自分との向き合い方」「行動の仕方を変える」ことへの取り組み方が具体的に示されていたのです。

 

一般に「ストレス」と呼ばれているものは、自分の中に「ストレス反応」を引き起こした「ストレッサー」を指しています。「ストレッサー」に対して「ストレス反応」が起きるかどうかは「自分がその出来事をどう体感したか」によって左右されますよね。

対人関係(二者関係・集団との関係)の土台は「体験した出来事」と「自分がそれをどう体験したか」、つまり「自分自身との対人関係」にあるわけです。

ですから、摂食障害を治療していくときには、一般に言う「ストレス(ストレッサー)」の対処に終始するだけでなく、「ストレス(ストレッサー)」のとらえ方も一緒に扱わざるを得ないと考えるようになったのです。

そんな時に『素敵な物語』と出会いました。『素敵な物語』は、私の摂食障害治療のスタンスに大きな変化を与えてくれたのです。

 

過食や過食嘔吐という摂食障害の症状をどう位置づけるか、その摂食障害症状にどんな意味を見いだすかによって治療方針が変わってきます。

拒食症・過食症を対人関係療法で治す』には、「何と言っても、過食嘔吐に振り回されないことが大切です」と書いてあり、症状はコントロールしようとしても意味がないとされます。
素敵な物語』には、症状はメタファーであってそこには深い真実が含まれていると書かれていますから、自分がどんな食べ物を欲しているかをしっかりと自覚する必要があるのです。

 

シンボルやメタファーはより深い真実を認識させてくれ、その結果、自分たちの内なる真実は表面上の現実によって曖昧にされていたり、深く切望しているものが目に見える衝動の裏に隠されていたりするということを、はっきりと理解できるようになります。
そして、食べ物が心や魂の糧のメタファーであり、乱れた食行動は人からの注目や認知、愛情や評価への渇望を満たそうとする試みであると気づくことができるのです。

ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店

 

たとえば、拒食や不食、あるいは絶食は、ありのままの現実から目を背け、かりそめのコントロール感を手に入れる試みですし、排出行為や自己誘発嘔吐は出来事に対する心の揺れや、過食したことをなかったことにすることで安堵感を得ようとする気分解消行動として見ることができます。

一方、過食やむちゃ食いは情動麻痺を用いた情緒的な慰めで、ダラダラ食いは満たされなさ(空虚感)をなだめてくれますから、乱れた食行動(過食やむちゃ食い、ダラダラ食い)を使って心の中で起きたどんな気持ちを癒やそうとしているのかの意味を考えるようになってきました。

 

その時に「欲しいもの」は甘い物だったり炭水化物だったりするのですが、食べ物と繋がることで「心が必要としているもの」は、優しさだったり、慈しみだったり、安心感だったり、人との関係でえられなかったもののメタファーであることがわかってきます。

さらに摂食障害症状の意味を考えていくと、そこには心の問題を現実の行動を使って解消しようとする自分の心内と外のカテゴリー錯誤と、メタファーを現実と捉えてしまう心の成長の問題が横たわっていることに気づくようになったのです。

 

摂食障害症状の意味を考えるようになると、その背景に摂食障害の患者さんの生き方が見えてくるようになります。

北九州医療刑務所の瀧井先生が摂食障害学会のニュースレターに連載されている「摂食障害にまつわる問題点と提言」に、こういうことが書かれていました。

摂食障害は身体面、行動面、心理面など多面的な疾患であり、どの側面を重要と考え治療するかが、治療者によって異なっています。
私は、摂食障害は本質的には「心の病気」であり、生きていく上で避けがたく生じる心の負担や不調を心で受け止めることができず、身体面や行動面に回避しているものであると考えています。そして、そのような回避と摂食障害や心の成長不全は悪循環をなし、患者はそこから抜け出せなくなっているのです。
まず身体面や行動面への回避をブロックして、本来の心の問題を心で受け止めざるをえないようにすることが、病気の改善にとって不可欠な心の成長の足がかりとなります。

 

摂食障害からの回復には「生きていく上で避けがたく生じる心の負担や不調を心で受け止める」という心の枠組みを拡げていく治療のプロセスが必要になります。
それは摂食障害から回復するために何よりも大切とされている【自己志向(自己の次元での成長)】のうちの「自己受容どんな自分も認めることができる)」を高めることですよね。

院長