摂食障害の理解をめぐる混乱

摂食障害の原因については、さまざまな仮説が立てられていますね。

たとえば、心や無意識に問題の起源を求め、食行動異常をパーソナリティの問題としてとらえる見方や、愛着や育て方の問題、あるいは家族関係の問題とみる見方、一方、ジェンダーをめぐる社会的問題という見方など、さまざまです。

このように摂食障害の原因をみきわめるという方向性は、さまざまな程度で心と身体を巻き込んで症状を呈する症候群である摂食障害に対して有効には作用しないようです。

 

たとえば。
愛着の問題や育て方の問題のように母親に原因を求める考え方は

最大の問題は、「摂食障害になったのは幼少期の母親の育て方が悪かったせいだ」と決めつけることによって、家族関係に新たなひずみを生んだことでしょう。
父親は母親にむかって「お前のせいだ」と自分の責任を棚に上げて責め立て、患者本人は母親に「母親のせいだ」と恨みを持ち、母親は過剰な罪悪感を感じて育児への自信を失い、そして全員が「いずれにしてももう取り返しのつかない問題だ」と絶望してしまうのです。
水島広子・著『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店 2007

のように、摂食障害が治る方向に導くのではなく、解決法が示されないまま、混乱を助長するだけで、摂食障害そのものの維持因子にさえなってしまします。

摂食障害は、個人の要因、家庭の要因、社会の要因がさまざまなレベルで複合的に絡み合って発症する症候群ですから、「原因があって摂食障害が発症する(結果)」という直線的な因果関係ではなく、身体の次元、心の次元のそれぞれにどのように現れているかということを考えていく必要があるのです。

 

さて、摂食障害に限らず、精神科で扱う心の病気では、上記のように「個人の問題」「家族の問題」「社会の問題」という原因遡及をしがちなのですが、じつは、

・自尊心の低さ・自己肯定感の低さ:「自分との折りあい」
・空虚さ・満たされなさ:「重要な他者との折りあい」
・孤独感・孤立感:「組織や集団との折りあい」

として現れているだけであって、それが原因ではないのです。

 

さらに、摂食障害では、身体の関与がありますから、身体との折りあいのつけ方にしても、「自分自身として身体と折り合う」のか、「叡智を供えた重要な他者として身体と折り合う」のかによって、治療論や回復論も変わってきますよね。

 

摂食障害は原因はさまざまであるけれども、だいたい同じような症状を呈する症候群であり、
その症状は「自分」「重要な他者」「社会」との関係性という心の3つの次元に現れると同時に、身体との関係性という問題としても表現されるということなのです。

つまり、摂食障害の治療を考えた場合には、医学的に心と身体に対して治療する必要があるのであって、克服したり、お蔭でよくなったりというものではないということですよね。

 

患者さんたちからいろいろとお聞きすることが多いのですが、認知行動療法や対人関係療法をとりいれて克服すると謳うカウンセリングや、あるいは怪しげな催眠や洗脳、宗教がかったカルトまであるということですから、やはり基本は医療機関を受診するということですね。

日本では、診療報酬体系の問題から、また治療者養成のための臨床でのトレーニングの場が少ないという問題から、摂食障害の治療を専門にしている人が極めて少なく、また、精神科治療全般についても、欧米のようなスタイルの精神療法が受けにくくなっています。
対人関係療法同様、摂食障害の治療のスタンダードとされている認知行動療法についてもまだまだお寒い状況です。
(中略)
本書を読んで「私は認知行動療法を受けたい」「対人関係療法が受けたい」と思っても、現実に標準的な治療を日本で受けることができる人はよほど幸運だと言わざるを得ないでしょう。
(中略)
専門的な治療が受けにくいとは言え、もちろん、病院も利用することが必要です。何と言っても、検査が必要だからです。特に拒食症の人は、今の身体の状態が危険なのかまだ余裕があるのかを知って、危険なようであれば入院しなければなりません。
水島広子・著『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店 2007

しかし、その医療機関も問題がある場合があるのです。
このことについては次回に触れてみます。

院長