摂食障害からの回復に愛着(アタッチメント)関係を活用する

あまり知られていないことですが、対人関係療法は、「愛着理論」と「対人コミュニケーション理論」を基盤としています。

さらに対人関係療法では、「いま・ここ」での愛着(アタッチメント)関係に焦点を合わせることで、セルフ・モニタリングを促進しつつ、他者の精神状態に関するメンタライジングにも注意を向けますよね。

 

専門外来で行っている摂食障害治療では、まず「人の心の仕組みと動き方を知る」に取り組んでいきます。その取り組みの中で、自分自身の考えや気持ち、身体感覚のとらえ方(セルフ・モニタリング)を練習していくと同時に、「コミュニケーション分析と対人関係上の出来事との関連」「感情の奨励(情緒の活用)」などを、「治療関係を活用」して進めていきますよね。

 

治療開始に当たって、まずアディクトから期待すべき言葉は、周囲の期待を反映した決意表明なのではなく、アディクト本人の本音を反映した不安表明や不満表明である。

「やめられるか全然自信がない」「本当はやめたくない」などといった不安や不満の言葉を、正直に安心して「人」に語れるようにならなければならない。

小林『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』日本評論社

 

摂食障害の一番最初の取り組みで、治療者がアタッチメント対象として安心基地として機能することが治療関係の活用です。

治療者は、患者さんの言語化できなかった感情(非言語的な表出)に共鳴し、患者さんの中で何が起こっているのかを省みて(リフレクト/メンタライズ)、言語化して示す(ミラーリング)を行いますよね。

 

まずは、一対一の関係で、外来や相談室、保健所や行政の窓口などにおいて、日々思っていること、感じていることを正直に話す練習をしてもらう。
つまり、アディクトの話の中に出現する「感情言語」に援助者の側が気づき、それが語られたときには積極的にいいこととしてフィードバックするのである。

アディクトとの会話では、そもそも感情言語がまったく語られず、あたかもニュースを読み上げるアナウンサーのように「こんなことがあった」「あんなことがあった」などと出来事だけを報告する「エピソード言語」しか聴かれない場合もある。
そんな時は、援助者の側から「そういう出来事があったのなら、自分なら○○な気持ちになるだろうなぁ」「そんな状況ならきっと△△な気持ちになったんじゃない?」などと語りかけてみてもいい。

小林『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』日本評論社

 

摂食障害の治療でも、出来事(エピソード)を振り返ったり、コミュニケーション分析を治療者と一緒に見ていったりして、そのときに起きた考え(解釈)によって引き起こされた身体反応から、「感情の名前」を一緒に探すことから練習を始めますよね。

この段階では、『8つの秘訣』P.209の「過食する前に、どんな感覚があるのかを探ってみる」や、P.146「感情とは、自分の思考に身体が反応して引き起こされるものである」などに取り組んでいただき、気持ちを感じたままにしておくとむしろ圧倒されなくなることを学んでいきます。

 

本来、私たちは道具として簡単に切り捨てられることのない「人との感情のやりとりを伴ったつながり」を、そしていつでも交換可能な物なのではなく、かけがえのない人としての承認を求めているはずである。

だからこそ、アディクションは人とのリアルなつながりの中で回復していくのである。

それは、便利さの延長上にはなく、むしろ不便さや煩わしさ、下手をすると人から傷つけられるリスクさえ覚悟しなければ得られない。

小林『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』日本評論社

 

人との関わりの中では、ネガティブな感情が喚起されたり、あるいは傷つけられたと感じることも日常的にはよく体験しますよね。
大切なことは、出来事やネガティブな感情をストレスだ!と減らそうとすることではありません。ネガティブな気持ちを減らそうとすればするほどネガティブな気持ちは大きく膨れ上がってしまうだけでなく、ポジティブな気持ちも感じにくくなってしまいますよね。

感情を感じつつ、出来事とそれに反応した心の揺れ動きをつぶさに見て、同時に身体の感覚も感じられるようになっていくこと、専門外来で「触れつつ、巻き込まれない(一緒にいる)」と説明している心の状態を根気よく培っていくことが大事なのです。

これは、「自分の思考・感情・感覚に気づいていること(マインドフルネス)」「誰しも感じる感情を回避・抑圧したりして苦悩に変えないこと(当たり前の人間性)」という『セルフ・コンパッション』の要素でもあるのです。

 

さまざまな「物」は、いつまで側に居てくれるかわからない不安定な愛着対象に代わって、常に幼児の側に居てくれて安心を与えてくれる存在となる。

人から安心が得られない時、食べ物を口にすれば血糖上昇により生理的な満腹感が得られ、あるいはおもちゃなどの物を獲得して所有欲が満足すれば、それらは安心感の代わりとなる。

小林『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』日本評論社

 

自分を満たそうというまさにその試みが、さらなる苦痛を生みます。何かを満足させようという企ては、さらに強い空腹感や渇望をもたらします。

求めても得られない源泉には賠償を求めないような仕方で体験されなければなりません。食べ物を使って満たそうとしていた空虚感は、実は「べき思考」と「白黒思考」によって強化されていた「自分はふさわしくない」という自己否定への執着だったと気づく必要があるのです。

 

自分を苦しくする思考は、脳の中に生まれては消えていくたくさんの思考の中の1つに過ぎずません。その思考に反応して起きた身体反応やネガティブな感情は、抱えておけばしだいに薄くなっていきます。

 

そのときにようやく、「食べ物」が自分自身のネガティブな気持ちに対する滋養であり、摂食障害症状が持っていたのは、さまざまな考えやいろんなネガティブな気持ちに翻弄されていた自分をなだめようとしてくれた「自分に対する慈しみ(セルフ・コンパッション)」だったことに気づくことができます。

 

思考や感情を穏やかに受容できるだけの心の姿勢。

治療者やパートナーなどアタッチメント対象との関係の中で、この心の姿勢(スタンス)を培っていくことが、三田こころの健康クリニック新宿の専門外来で行っている対人関係療法による摂食障害の治療の本質なのです。

 

院長